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目があったまま暫く固まっていたがいつまでもそうしているわけにはいかない。
漂ってくる酒気と赤らんだ顔に確かに酔ってはいるのだろうと判断し部屋に足を踏み入れる。
ベッドに座っている船長に近づく間まったく逸らされることのない視線に精神力をごりごりと削られたが、常であれば鋭い眼光が鈍く濁っているだけ随分とマシだ。
酔っていて眠たいのか単純に不機嫌だからか完璧に目が据わっている船長の前に立つと、船長がゆっくりと口を開いた。

「……ずいぶんと、おそかったじゃねェか」
「……はァ」
「ゆびわ、もってるか?」
「指輪、は、もう手元にありません」
「…………そうか」
「はい」

沈黙。
なにを言われるんだろうと身構えていたおれは肩すかしをくらった気持ちで船長の潤んだ瞳を見つめていた。
ペンギンといい船長といいどうして指輪の行方なんかを気にするのかわからない。
というか船長、見た目以上に酔ってるな。
なんか呂律が怪しいし話し方がふわふわしてる。
おれにここまで隙を見せるだなんて普段の船長なら信じられないことだ。
一体どれだけ飲んだんだろうと考えていると、船長がのろのろとした動作で胸を掴んで「いたい」と呟いた。

「痛い?船長どっか痛いんですか?」
「心臓……胸が、苦しい」
「心臓!?」

心臓ってそれヤバいんじゃ、と慌てかけ、あることに気がついて動きを止めた。
船長は時々こうやって心臓のあたりを握りしめることがある。
癖なのかとも思ったが、それをするのは大抵がおれと話しているときだ。
そして船長は以前こう言っていた。
『お前を見ると苦しくなる』と。

「おれが、」

おれが、悪いのか。
おれがいるせいで船長は苦しんでいて、船長はおれのこと嫌ってて。
だったら、もう。

「……船長」

帽子を外した船長の頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でる。
意外と猫っ毛な柔らかい髪は汗で少しだけ湿っていた。
わりと長い間船に乗っているにも関わらずこうして触れ合うのは初めてのこと。
船長は驚いたように目を見開いて、それでも大人しく撫でられるがままになっている。
酔いが回ってぼんやりしているせいだろうが拒絶されなかったことにホッとして暫く黒髪の感触を楽しんだ。
船長を撫でるなんて絶対にできるわけないと思ってたんだけど、これが最後と思えば意外と簡単にこなせるもんだな。
口元を小さく歪ませ撫でていた手を熱が籠った頬に滑らせる。
緊張して冷たくなっている掌が気持ちいいのか自ら擦り寄るように動く船長に、このまま時間が止まればいいなんて柄にもないことを考えた。
でも、そんな奇跡はあり得ない。
わかってるんだ。
だから。

「おれ、船を降ります」

はじめて断定系で伝えた下船の意志が、静かな部屋の中に余韻を残して消えた。