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 童貞だというだけでそこまで騒がれるとは思っていなかった。好きな人以外とセックスしたいと思わないのはそんなにおかしいことなのだろうか。わからない。恥ずかしいことだと認識していないから酒場の客を巻き込んで馬鹿笑いされても怒りがわくというより困惑するばかりなのだけれど、悪酔いに悪ノリを重ねパツパツのシャツに手を突っ込んで寄せて上げて「ほ〜らオッパイだぞ〜」と谷間を見せびらかしてきたルゥは鬱陶しかったので殴り倒して昏倒させた。自分の乳を揉みながら眠る変態の完成だ。面白がったやつらに群がられてペンで落書きされ一層酷いことになっているが自業自得である。このまま朝まで衆目にさらされているといい。

「しかしなァ、性欲がないわけじゃないんだろ?好きなやつとの初夜で失敗して恥かかないように筆おろしくらい済ませといたらどうだ」

 なんならおれが相手してやろうかとお頭に言われてギョッとしたが一目見てからかっているんだなとわかる顔をしていたのでため息をつきながら断りを入れた。鬱陶しくてもお頭だ。さすがにルゥにやったように殴り倒すわけにはいかない。

「どうせ相手してもらうならお頭より副船長にお願いしたいね。おれショートよりロングヘア派だし」
「ベックが?へェ……いいんじゃないか?なあベック」
「え?」

 冗談めかして返した言葉にお頭がにやりと笑い、おれの背後の誰かにむかって声をかけた。誰かというか副船長なんだろうが、嘘だろう?さっきまでもっと離れたテーブルで飲んでたはずなのに。

「ふ、副船長、あの」
「……その気があるなら、いまから宿にいってもかまわねェが」

 振り返った先、予想よりずっと近くに立っていた副船長がじっとおれを見下ろして静かにそう言った。動揺。お頭に乗っかっておれのことをからかっているのかと思ったが「抜けるか」と尋ねる副船長に冗談を言っている気配はない。まさか本気で言っているのだろうか。だとしたらこんなチャンスはない。だっておれは本当に副船長のことが。

***

「……あんた、こういうこと慣れてんのか」
「まあな」

 ニヤニヤ顔のお頭に「いってこいよ」と背中を押され酒場を出てからの記憶はあまりない。シャワーがついていて小綺麗な、そういう目的のための宿としては少し高めの部屋のベッドの上、肌と髪に水分を含ませた副船長がランプの灯りに照らされながらおれの手を取り胸に触れさせてくる。

「ルゥのやつじゃないが、胸は男も女もそう変わらねェだろう」

 暗がりならそこまで気にならないはずだは言うが、おれとしてはそれどころではなかった。男とか女とかじゃなくて副船長の胸。しかも冷静な口調の途中で声が掠れくすぐったそうな吐息が混じる。おれが触れているからだ。興奮しないはずがない。
 
「副船長」
「こういうときにその呼び方はやめろ。ベックでいい」

 夢見心地だった。感極まってベック、ベックと舌に馴染ませるように何度も名前を呼ぶ。濡れた長い髪を鬱陶しそうに払うのにいつものように後ろでまとめないのはロングヘアが好きだと言ったおれのためだろうか。
 このままいい夢を見ている気分のまま流されてしまいたいと思う。
 思うのに、この期に及んでどうしても自分の気持ちから目を背けることができなくて、おれはゆっくりと近づいてきた副船長の顔を手で押しとどめた。

「なんだ。キスは嫌か?」
「いや、そうじゃなくて」
「男相手じゃ無理ってわけじゃなさそうだが。ああ、尻に突っ込むのに抵抗があるなら股で挟んでやっても」
「違う。そうじゃなくておれは」

 今更、こういう状況になってはじめて気づいたのだが、好きな人以外とセックスしたくないというのは間違いだった。
 好きな人とであっても心の伴わないセックスはしたくない。いや、お頭の言ってた通り性欲はしっかりあるから据え膳食わないのはものすごくつらいんだけど、それでも。

「おれは、やっぱり、好きな人に胸を張れないことはしたくない」

 その好きな人っていうのはあんたのことだと言おうか迷って結局飲み込んだのは自分の意思の力がそこまで強くないことを理解しているがゆえだった。
 こんな状況で告白したらフラれたあと絶対「こんなことなら素直に抱かせてもらっておけばよかった」とか「いまからでも改めてお願いしてみようか」とか最高に格好悪いことを考えてしまう。好きな人には誠実でありたいと思って断腸の思いで断っているのにそんなことを実行に移しでもしたら本末転倒だ。

「ここまできて悪い。副船長」

 ベックではなくいつも通り副船長と呼んだ俺の意志を汲んでくれたのか、動きを止めていた副船長は少しの間のあと「そうか」と呟き体を離した。
 おれの下半身は副船長が言っていた通り男相手でもしっかりヤれる状態になってしまっていて、さすがに一緒のベッドで寝るわけにはいかない。今から酒場に戻る気には到底なれないし二人揃って、もしくはどちらか一方が宿を出て船に帰るのもおかしな空気になる気がする。結局少し悩んだあと副船長はベッド、俺は床で別々に眠ることを提案した。
 短い了承ののち背中を向けてベッドに横になった副船長がなにを考えているのか想像するのがこわい。目を瞑ってはみたものの当然眠れるはずもなく、小さな窓にかかったカーテンの向こうが薄らと明るくなるまでおれにできるのは副船長のわざと潜めたような小さな息遣いにひたすら意識を集中させることだけだった。

***

 内心なにを考えているのかはわからないけれど朝になって宿を出た副船長は驚くほどいつも通りだった。本当になんとも思っていないのかただのポーカーフェイスなのかはわからないがきっと昨日セックスしていてもこんな感じだったんだろう。そう思うと一人で一喜一憂していた昨日の自分が馬鹿みたいで苦笑が漏れた。
 ━━副船長は本当にいつもと変わらないように見えた。宿から船に戻る道中で酒場帰りのお頭に遭遇して指差して笑われるまでは。

「その雰囲気だとやっぱり失敗したか!そりゃ好きなやつ以外とはしたくないなんて純情な男二人で揃って初体験はハードル高すぎるもんなァ!」

 え、と思って隣を見ると赤いんだか青いんだかわからないほど血相を変えた副船長が叫びたいのに声が出ないといった様子で口をパクパクさせていた。
 見られているのはわかっているだろうに不自然なほど視線が合わない。その横顔は今にも死にそうなほどひどいものだ。
 まあなって言ったくせに。今の今までなんでもないって顔してたくせに。
 あんた、慣れてんじゃないのかよ。