*死ネタ いい加減忘れようと思った。 恋人であるアルバが死んでもう五年。 もう、五年だ。 少し前までは『もう』ではなく『まだ』だった。 アルバは病気がちだったり体が悪かったわけじゃない。 事故でも殺されたわけでもなくただただ静かにぽっくりと逝ってしまったものだから、突然すぎて、現実味がなくて、自分の前に姿を現さないだけでいまもウォーターセブンのどこかで普通に生活してるんじゃないかなんて思ってしまって。 けれど仲間だと思っていたやつらの裏切りや死を覚悟する状況を経験し、ガレーラの副社長にも任命されたことでそろそろ区切りをつけてもいいだろうという気持ちになれた。 いや、つけなければならない。 みんな未来に向かって進んでいるのだから自分だってしゃんとしなければ。 そう決意したパウリーはアルバを忘れるために貯金をはじめた。 なぜこの流れで突然貯金なのかというと、ギャンブル狂のパウリーとは真逆の守銭奴であったアルバが酒や食い物以外で唯一寄越してきたプレゼントが貯金箱だったからだ。 間抜けな顔のヤガラを模した大きめの陶器の貯金箱には貯めた金を取り出すための穴がない。 使うときには割らなければならない儚いさだめのそれに見せつけるように数枚の金貨を投入し、真剣な顔で「満杯になるまで割らないように」と言い含めたあと「まあお前がこの貯金箱をいっぱいにして割ることができる日がくるとは到底思えないんだけどな」と腹の立つ笑みを浮かべたアルバに意趣返しをしてやろうというのである。 できないだろうと言われたことをやり遂げて、唯一のプレゼントを叩き割る。 そうしてどうだ恐れ入ったかと大声で笑いとばしてやればスッキリと過去に別れを告げられるに違いないと考えたパウリーは決意した日から毎日全力で借金取りから逃げ回り、ギャンブルに注ぎ込むのも我慢して最低限必要な金以外は札も硬貨も関係なく片っ端から貯金箱につっこんでいった。 馬鹿馬鹿しく思えてやめたくなることもあったがヤガラの間抜け面を見るとあのときのアルバのパウリーを馬鹿にしきった笑みが浮かんできてなにくそと踏みとどまることができた。 そもそもの話だが腕利きの船大工でありいまやガレーラ副社長の肩書を持つパウリーの稼ぎは決して少ないものではない。 勢いを保つことさえできれば貯金箱一ついっぱいにするのなんて簡単だ。 あればあるだけギャンブルに使ってしまうせいでいつも素寒貧だったのが嘘のように、陶器のヤガラは一年足らずのうちに振っても音が鳴らないほどになった。 「……これで文句はねェよな」 満杯になった貯金箱を前にしてもういない恋人に確認の言葉を投げかけ決別の意をこめてハンマーを振り上げる。 いい加減忘れようと、そう思っていたから。 忘れられるはずだったから。 「 、え」 ーー陶器の割れる音と硬貨が崩れる音。 果たして粉々になった、唯一だったはずの形あるプレゼントの中にはパウリーが入れた大量の金に埋もれるようにして、パウリーには見覚えのない指輪と小さなメモ用紙が存在していた。 入れた覚えがない、つまりパウリーに渡された当初から貯金箱の中に仕込まれていたのだろうそれら。 一拍置いて、当時なにかおかしいと違和感を覚えていたのを思い出した。 守銭奴のアルバがプレゼントに加えて金貨までくれるなんて時期外れのアクアラグナでもくるんじゃないかと訝しんでいたが、なるほど、パウリーに先んじて自ら金貨を入れてみせたのは何も入っていないはずの貯金箱から音がするという事態を防ぐためだったのか。 脳みそのどこか冷静な部分でそんなことを考えながらメモ用紙に書かれた懐かしい筆跡を震える指でなぞる。 そういえば、パウリーがたまには消えものじゃないプレゼントを寄越せと文句をつけたとき「貯めることを知らないやつに高価なプレゼントをして質に入れられたら悲しいじゃないか」と笑っていた。 幸せそうな新婚の同僚を眺めて「いいなァ」ともらしていた。 それを聞いて不安になったパウリーがやっぱり女がいいんだろうと喚いたらきょとんと目を見開いたあと「馬鹿だなァ」とまた笑っていた。 思い出す。 思い出す。 メモに書かれた短い言葉が忘れかけていたはずのアルバの声で再生される。 『愛してるぜパウリー。結婚しよう。』 忘れようと、そうできると思っていたはずなのに、こんなのちっとも笑えない。 |