「きみのきれいな黒髪によく似合うと思って」 そんな歯の浮くようなセリフに甘ったるい笑顔を添えて渡された小さな箱には海で生きる男の無骨な手には到底不釣り合いな可愛らしいパールのピアスが入っていた。 確かにベックマンの長い黒髪は日光や潮風に曝されたうえで特に手入れもしていないことを考えるとまあまあきれいだと言えるかもしれない。 しかしそれはあくまでその前提あっての話であって、ただ伸ばしただけの海賊の髪など街の女を見慣れているアルバからすればどう見たって小汚いだけだろう。 馬鹿な口説き文句にとんちんかんなプレゼントだった。 ベックマンは己を過小にも過大にも評価しておらず、だからこそアルバの言い様に呆れたはずなのに、華奢な女にこそ映えるものだと理解していながらそれでも新しい穴をあけてまで似合うはずもない滑らかな光沢を放つ白を耳に飾った。 恋というのは人を愚かにする。 賢く聡いベックマンもその例外ではなかったという話だ。 恋仲になろうとも暴力に縁遠く航海で活かせる術もない街の男を船に乗せるわけにはいかず、荒れた両手を包み込むように握りしめられ情熱的に別れを惜しまれるのを仲間に冷やかされつつベックマンは海へ戻った。 そう簡単にくたばるつもりはないが必ずしも生きて再会できるとは限らない。 それにアルバは人のいい色男だ。 再会できたとしてそのときにはアルバの隣に、正しくこのピアスが似合うような女がいても何もおかしくないだろう。 そもそも自分とそういう関係になったのだって一時の熱病みたいなもので今頃正気に戻って青褪めているのかも。 二度と会えないかもしれない。 会っても以前のような甘い笑顔は向けてもらえないかもしれない。 ピアスの存在を意識するたびに飽きもせずそんなことを考えてしまい受け取ったのは失敗だったなと鼻を鳴らす。 これさえなければと思いながら捨てることもできず月日が経ち、きれいだと言ってもらえた黒髪もどんどんくすみ、想いだけは鮮明なままで。 そんな日々のなか訪れた再会のときはあまりにも突然だった。 「やあベックマン、久しぶり!」 会いに来たよと笑う顔には記憶にない皺がいくつか増えているがそれ以外は何も変わらない。 間違いようもないほどにアルバだ。 あまりのことに呆然としたあとアルバが目の前にいるという現実をしっかりと理解したベックマンは猛烈にどこかへ消えてしまいたくなった。 会えるとわかっていればヒゲくらい剃刀をあてただろうに突然すぎて身なりも整えていない。 なによりこの髪。 くすんで鼠色になり、戦闘で邪魔になってバッサリ切り落としたのを揃えただけの、もはやどう理屈を捏ねてもきれいとはいえない髪を見られるのが耐え難く恥ずかしい。 きれいだと言ってもらえたもの、好まれていたであろう部分を失った自分はアルバの目にどう映るのか。 喜びよりなにより羞恥が勝って黙り込んだベックマンに新聞を頼りに商船を乗り継いで会いにきたのだと得意げに話すアルバが歩み寄り、数秒口をつぐんで頬に触れた。 顔の傷を撫で、耳のふちをなぞられ、じっと目を見つめられて気まずさから逸らしていた視線が否応なしに惹き寄せられる。 「ピアス、ずっとつけてくれてたんだね。嬉しいなァ。それにこの色、おれのこと考えすぎて髪に真珠の色が移っちゃった?」 相変わらずの歯の浮くセリフと甘ったるい笑顔で「似合ってるよ。きれいだね」と髪を梳くアルバに、ああ、変わっていないのかとほっとする。 きれいだなんてありえないが、嘘だとしても別に構わない。 嘘なら嘘でアルバにとっておべっかを使うだけの価値が自分にあるということだ。 それは悪いことではないだろう。 そう考えて安心すると同時に今更うるさく脈打ち始めた心臓に眉をひそめてそっぽを向くとアルバが小さく噴き出したのが聞こえた。 ちらと横目で見ると肩を震わせてくつくつと笑っている。 「……なにを笑ってやがる」 「ん、いや、変わらないなァと思って」 告白した時もピアスを贈ったときも、ベックマンは嬉しいといつも困ったような恥じらうような表情でそっぽを向くのだと、まるで生娘みたいでかわいいと知らなかった自分の癖を知らされて今度こそ本気で消えたくなった。 実際には自らアルバとの時間を減らすことなどできるはずもなく、やはり眉を寄せ視線を逸らして俯くしかないのだけれど。 |