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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

サカズキ大将が怒っている。
肌がびりびりして考える前に逃げ出したくなるこの威圧感は尻尾が見えるようになる前、大将が怖くてしかたなかったころからお馴染みのものなので尻尾がどうの表情がどうのと観察する前にわかってしまうのだが、サカズキ大将、めちゃくちゃ、怒っている。
好きになる前なら面倒事の気配と純粋な恐怖によるストレスで吐きそうになっていただろうに今や頭の片隅で大将ご機嫌ななめだワンとかそういうふざけたことを考えられてしまうから愛の力は偉大だ。
いや、この場合愛というか尻尾の力か。
ピンと上を向いて怒りを表していようとも大将の尻尾は変わりなく可愛らしい。

「大将、なにか問題でも」
「あの店の菓子は好かん。次からは他で買うてこい」

問題でもありましたかと尋ねようとしたのを途中で遮られ、一瞬言われたことの意味が分からず間抜けな顔をさらしてしまった。
まるっきり世間話のような、怒りの熱量につりあわない軽い内容。
けれど続けて媚びを売りたいなら教えてやると告げた大将の様子は手負いの獣が牙を剥いて唸っている姿を彷彿とさせて本当にこの話に怒りの理由があるのだとおれに知らしめた。

「あの……失礼ですが、媚を売るとは」
「おどれが聞きよったことじゃ」

甘味も食わんこたァないがおどれが買うてくる店の菓子は好かん。
今の茶はぬるすぎる。
柑橘の臭いは鼻について鬱陶しい。
話し方も、今更取り繕ったところで逆に慇懃無礼で腹が立つ。
そうやって意識して変えたところを一つ一つ丁寧に否定され、思わずええ、と声を漏らすとサカズキ大将はマグマが宿ったような怒りに燃える瞳で憎々しげにおれを睨んだ。
まるで全ておれが悪いのだというような態度だが最初におれの『媚び』を蹴ったのは大将のほうじゃないか。
おれの努力が逆方向に実を結んでしまい今指摘された内容について不快に感じていたのだとしても、それだけでここまで怒るなんてさすがにちょっと理不尽すぎる。
というかそもそも尻尾を見てあれやこれやと媚びた結果避けられるようになったから行動を変えざるを得なくなったわけで。
避けられていたときと近い形に戻して、それでいったいどうなるというのか。

「……大将は勘違いしてらっしゃる。私は別に、あなたに媚を売りたいわけではありませんよ」

不快に思われているなら直せるところは直しますがと苦笑すると怒りを抑えて表面上冷静に話していた大将の顔がぐしゃりと歪んだ。
頭に浮かんだのはままならなくて癇癪を起こした子供の顔だ。
本当にどうしてここまで怒っているのか、不思議なほどの怒気とともに漏れ出した熱が渦を巻く。

「媚を売るのは目的ではなく手段です。好かれたいから媚びるんです。おれはあなたに好かれたかった。でもそれは失敗した。そうでしょう?」

命の危機を感じるほどの熱とプレッシャーがいっそ楽しくなってきてやけくそ気味に告白に近い言葉を吐くと、それを聞いたサカズキ大将がぽかんと、さっきのおれと同じように呆けた顔をした。
大将は肝心のところをわかっていないのだ。
言われた通りにしたところできっと好いてはもらえない。
嫌われたままでは意味などありはしないのに。