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何の因果かサカズキ大将直属の赤犬部隊に放り込まれたのは丁度五年前のことである。
海軍に入ったきっかけが安定した給与目的であり、以来ずっと「正義?なにそれおいしいの?」状態だったおれに徹底的な正義を掲げるサカズキ大将の部下が務まるのかと不安に思ったのは最初だけで、慣れればなんということはなかったというのが正直な感想だ。
サカズキ大将は自身の考える正義以外を必要としない。
だから赤犬部隊では下手に良心を持っている奴ほど早々に姿を消していく。
逆をいえば『口答えせず』『言われたことを正確に』『躊躇いなく実行する』だけでいい赤犬部隊は主張したい信念も見ず知らずの他人のために心を痛める度量も持ち合わせていないおれにとっては案外水が合っていた。
未だにサカズキ大将から名前を呼ばれたことが一度もないというのにはさすがに思うところもあるが、もともと意見を出すより諾々と従うほうが好きな駄目人間なので道具のように扱われることに対して負の感情は持ち得ない。

ただ一つ問題があるとするなら。

「見るものが赤と青ばっかりってめちゃくちゃ目に悪いよな」

わかるわー、と笑う同僚の一人と共に訪れたのは盆栽の展示会。
別に盆栽に興味があるわけではないが海と空の青と血とマグマの赤しか見てない生活にいい加減嫌気がさしていたので、タダで手に入れたチケットとたまの休日を有効活用しようと思ったのだ。
ちなみに隣を歩く同僚はチケットをまわしてくれた事務の女の子とお近づきになりたいらしく、話しのネタにするため参加したらしい。
不純だ。
とはいえ両者盆栽の良し悪しがわかるわけでもないということは共通しているため自然と歩みも早くなる。
じっくり観賞しなくとも目の端に緑が見えるというだけで充分だと枝葉の一本に至るまで繊細に整えられた盆栽を横目に雑談を楽しんでいた。
展示も半ばにさしかかり、もうこのまま足を止めることもなく出口まで一直線かと思ったそのとき。

「……え、うわ」
「アルバ、どうした……なんだ?これ」

開けた場所にぽつりと飾られた盆栽に、俺は目を奪われた。

これはまた、なんというか。
素人目には他のくねくねとした樹も奇妙に感じるものだけれど、この場はそういうのが集まってる場所だと思っていただけに物凄く異様に見える。
直立している枝のない幹と、先端にほんの少し残っているだけの葉。
鉢に『正義』と書かれているところをみれば作品のテーマは自ずと理解できるがそれにしても凄い。
まるで圧倒的な意志の塊のようだ。

「枝も葉もない盆栽なんか見てて面白いか?」
「……そんな言い方するなよ。枝分かれすることもなく真っ直ぐに力強く立ってるなんて、まるで我らが大将みたいじゃないか」

気になった作品をなんでもないもののように言われたことにムッとして、暗に上司の信念をくだらないというのかと切り返すと同僚はバツの悪そうな顔をして先に行ってしまった。
少し言い過ぎたと思いつつも足並みを揃えることはせず視線を盆栽に戻す。
それだけ惹かれるなにかが、この作品にはあった。

「まあ、面白くないっつーか……見てて寂しくなるのは確だな」

展示されている環境も然り、目的以外のすべてを切り捨てたといわんばかりの盆栽は作者名こそ書かれていないが本当にサカズキ大将本人のものではないかと疑わしくなるほどにそれらしい。
この盆栽のように、サカズキ大将もきっと枝葉も支えも必要なしと考えているのだろう。
それはあまりにも寂しいと、そう思う。

「曲げなくったってかまわないから、寄り添わせることくらい許しゃいいのに」

ぽつりと言葉を漏らしてから、あのサカズキ大将に寄り添える奴なんてそうそういるわけもないかと苦笑した。
普通の人間では絶対にいつか意見がぶつかって負けてマグマに溶かされる。
おれのような意志薄弱なイエスマンならどうにかなるかもしれないが。

「……どうせおれなんて名前も憶えられちゃいないんだろうしなァ」

先端の葉に向け伸ばしかけた手を降ろし、同僚の後を追う。
その背をじっと見つめる目があったことに気付くことのできなかったおれが、翌日サカズキ大将からようやく捻り出したとでもいうような掠れた声で「アルバ」と名前を呼ばれてパニックに陥ったことは言うまでもない。