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普段どれだけ取り繕っていようとも人間追い詰められれば必ず本質が出てしまうものだ。
理性が剥がれ落ちたあと、取り繕うもののない本能に支配された行動。
脅威に対しての二択である闘争か逃走、人間の本質はその反応に付随する感情に特にわかりやすく現れる。
脅威に怯えて逃げ出す臆病者、怯えるがゆえに攻撃的になる臆病者、不敵な笑みを浮かべて立ち向かう者、そして怒りを滾らせ己の敵を打倒せんとする者。
追い詰められたときに発露する喜怒哀楽はまさしくその人間を構成する根本の要素であるといえるだろう。
さて、ここでサカズキという男の話だが、サカズキの本質は怒りに他ならなかった。
敵を討ち果たすまで消えることのない苛烈で執拗なマグマのような怒りは、本来なら命を賭けた戦場においてサカズキに危機を感じさせるほどの強敵へと向けられるはずのものだ。
けれど最高戦力が集まるがゆえにある意味では最も安全といえるマリンフォードの日常でじわじわと削りとられるように精神を消耗していたサカズキの理性はある瞬間とどめを刺されたようにふつりと途切れた。
一時とはいえ生温い幸せを感じとってしまったのがいけなかったのだろう。
なにせサカズキは幸福というものに耐性がなかった。
慣れていないせいで処理に戸惑い、手に入れることなどできるはずがないとわかりきっている温もりを拒絶することができなかった。
日常的なしあわせから不幸への揺り戻しは強靭なはずの精神をいともたやすく蝕んだ。
時間の経過とともにふつふつと怒りや憎しみ、その他ありとあらゆる負の感情がわきあがってくる。
それでもそれら全てが的外れであり自分にはそんなふうに思う資格などないと理解していたから、一旦は飲み込もうとしたのだ。
けれど心臓が痛くて、いつまでたっても痛いままで、喉が締まったような違和感もそれでも気配を探ってしまう自分も何もかもが不快でしかたなくて。
そのうち胸に渦巻いていた呆れだか悲しみだかわからなかったものまで片っ端から怒りに変わっていって、八つ当たりだとわかっていてもとめられなくなった。
サカズキがこうして鬱々とした気持ちを必死に抑えている間にもアルバはきっとあの女とよりを戻そうとしているにちがいない。
そう思うとあたり構わず喚き散らしたくなった。
これ以上は飲み込めない。
吐き出さなければどうにかなってしまいそうだ。
だからしかたない。
これは、この怒りは、しかたのないこと。


「ーーあの店の菓子は好かん。次からは他で買うてこい」

サカズキをこんなふうにした原因に対して怒りを吐き出すにしても屑どもを始末するときのようにマグマで焼き殺してしまうわけにもいかず、どうにか口にした言葉は子供の駄々のようだった。
自分でも馬鹿なことを言っているという自覚はあるが、きょとりとした呆け顔が憎たらしい。

「わしに媚びを売りたいなら教えちゃるけェ、その通りにせェ」

以前尋ねられたときの答えをやろう。
アルバがそれに素直に従ったところで今更この痛みが和らぐなどと到底思えはしないけれど。