バレットの船には時折オーロジャクソン時代の顔馴染みがふらりと現れることがある。 もちろんバレットが招いているわけではない。 どこから入りこんでいるのかは知らないが、本当にふらりと姿を現すのだ。 「そのやり方でロジャーを超えられるかどうかは知らないけど、少なくともお前にはあってないと思うよ」 お前はおれを守って戦ってたときが一番強かったとなんの自慢にもならないことで胸を張る男にそんなわけがあるかと舌打ちをする。 バレットより一回りも歳上だった癖に当時のバレットにすら劣っていた弱い男。 そんな弱者の戯言など耳にする価値もないと思い切り腕を振れば雑ではあるが容赦のない一撃が当たる直前「酷いなァ」と笑って男は消えた。 分別のない若造をからかう響きに思わず顔が歪む。 自分はこんなにも変わったというのにあの男はいつまでも昔のままだ。 腹立ちまぎれに振り下ろした拳に潰された武器の山は一瞬で役立たずの鉄くずに成り果てた。 *** 海賊、海軍、七武海に革命軍。 鳴り止まない砲撃と怒声に満ちていたはずの戦場で、なぜか妙な静けさがバレットを包んでいた。 「ほら、だから言っただろう。お前にはあってないってさ」 その不可思議な現象が戦いの終結によるものだと気づくと同時、敗北者に成り下がったバレットの傍に寄り添うように影が立つ。 天も地も曖昧な霞んだ視界の向こうで男がいつもの笑みを浮かべているのが確かに見えた。 腹の立つ顔だ。 忌々しいことこの上ない。 「さあ起きて。能力を使って船を岸まで移動させるんだ。派手にやられちゃいるが、お前が周りに無駄なものたくさんくっつけて戦ってたおかげで大破はまぬがれてる。潜水は無理でも浮かぶくらいはできるだろう」 まずは海に出て、生きて自由を手に入れて、それから新しい仲間を探すといい。 ただでさえ手に負えない鬼の跡目が仲間を作ったとなれば海軍の連中きっと頭を抱えるぞ。 長年張り詰めていた糸が切れたのか指一本動かすのすらつらいと感じているバレットに好き勝手言いたい放題に言って、さあさあと海の向こうを指差してみせる男。 バレットが船を動かさなければこの男も島から脱出できないのだからなんとかして言いくるめようとするのも当然といえば当然か。 「……ふん、さっさと行くぞ」 カタパルト号は強い船だ。 詰め込んでいた武器がなくなったぶん広く、軽くなったこの船なら、男の言う通り多少破損していようと二人を陸に運ぶくらいはやってのけるに違いない。 海軍は面倒だがこの男の指差す方へ行けばなんとかなるだろう。 こういった危機的な状況での男の勘はオーロジャクソンにいたころから外れたことがないのだから。 海を越え傷を癒し、それからどうするか。 独りきりで最強を目指すという野望はもはや潰えたも同然だ。 一対多とはいえ最後にロジャーと対峙した頃の己と変わらない年の相手に負けたのだから言い逃れのしようもない。 とはいえ男の言う通りにするのはなんだか癪だし、しばらくはひたすら自堕落にでも生きてみようか。 酒を飲んで昼過ぎまで寝床から出てこないバレットを見たらこの男はどんな反応をするだろう。 呆れて怒るのかそれもいいと笑うのか、想像がつかないけれどもし困った顔をするのならそのままずっと二人で生きてもいいと思う。 男の能天気な笑顔は腹がたつが困った顔は嫌いではなかった。 バレットのために困るアルバが、好きだった。 「おれは行かないよ」 敗北によってどこか壊れてしまったのか馬鹿馬鹿しいことばかりが目まぐるしく浮かぶバレットの思考にアルバの静かな声が割り込んできた。 頭の片隅で予想していた通りの言葉だ。 わかっていた。 お前ならそう言うだろうと思っていた。 けれど、ああ、うるさい。 そんな言葉、聞きたくもない。 「黙れ」 「おれは行かない。行っちゃいけないんだ」 「うるさい、黙れ」 「バレットーーお前は生きている人と先に進みなさい」 バレットより一回りも歳上だった癖にバレットより随分歳下になってしまったアルバが、昔のままの、馬鹿みたいに能天気な顔で笑う。 守ろうとして守りきれなかった弱い男。 おれが弱いせいで、守られてやれなくてごめんな、お前のせいじゃない、おれが弱すぎたからこうなったんだと最後まで無意味な謝罪を繰り返しバレットの腕の中動かなくなった男が。 「バレット、」 「……うるさい。これはおれの船だ。誰を乗せるか乗せないか、決めるのはおれだ」 バレットの輝かしい未来を信じ自身の不必要性を優しく説こうとするアルバの言葉を遮り、全身の力を振り絞って立ち上がる。 諌めるように名を呼ばれるが知ったことではなかった。 バレットが唯一己の意思を曲げて命令に従っていた海賊王はもういない。 触れることもできない過去の亡霊など、せいぜい困った顔で笑っていればいいのである。 |