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「#幼馴染」のBL小説を読む
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独り身にはいささか広すぎるサカズキの自宅には、実はサカズキ本人以外にもう一人自由に出入りを許されている者がいる。
その唯一の人物である隣人のアルバはこれまでのそれなりに長かったであろう人生において生き物を殺すどころか自衛のための武器を持ったことすらないという生温い平和を体現したような男だ。
由緒正しい家の何人目かの息子で腐る程金を持っていて見晴らしがいいからというだけの理由で海軍大将の屋敷の隣に家を建てたのだというアルバとサカズキでは性格も生き方も価値観も何もかもが違っていて、たまに家を訪ねてくる同期の大将もどうして仲良くなれたのかと首を傾げるほどに正反対なのだが、それでもなぜかサカズキはアルバに心を開き、身体さえ許すことができた。
自分でもよくはわからないが話すようになったきっかけ自体アルバの手作りの引っ越し蕎麦がやけにうまかったというくだらないものだったので、そういう関係に至ったのもお互い奇跡的に些細な好感が積み重なった結果なのだろう。
兎にも角にもサカズキ邸に出入りすることを許されている隣人兼恋人だが、鍵を預けた理由の一つに遠征などで家を空ける際サカズキに代わり盆栽の手入れを任せなければならないからという事情があった。
蕎麦打ちにはじまり絵画や陶芸、茶華道など多様な趣味を持ちそのすべてを達人と称していいほどに修めている男なので鉢を預けることに不安はない。
ないのだが、ここのところアルバに盆栽の手入れを任せることに不安とはまた別の、疑問のようなものが湧くようになった。
サカズキの指示通り剪定され、純粋な植物としての成長以外は遠征前と変わらぬ形状を保っているはずの盆栽がなぜか違って見えるのだ。
緑の深さのせいか枝ぶりの微妙な変化のせいか妙に柔らかく見える盆栽に一度「なんぞしおったか」と尋ねたものの、アルバから返ってきたのは「指示されていたこと以外特別なことはなにも」という当然といえば当然の言葉だけ。
サカズキが世話をするようになって数日で以前の力強く厳しい印象に戻ったのでそのときはただの気のせいだろうと自分を納得させたのだが二度三度同じことが起きるとなるとどうにも気になってしかたがない。
理屈もわからないのに自分の与り知らないところで確実になにかが起きているという確信だけあるのがもどかしくてやっかい極まりなかった。

「サカズキ、そんなに睨んでいるとせっかくの松が焦げてしまうよ」

今回の遠征の間にもまた起きたらしい謎の現象に、いったいなにがどうしたらここまで別の鉢のような雰囲気になるのかと唸っていると茶を淹れたアルバがからかうように声をかけてきた。
間違いなく元凶であるはずの男が、白々しい。

「本当になにもしとらんのか」
「まだ疑ってたのかい?ひどいなァ」

湯呑みを受け取ったサカズキに目をくれることなく盆栽に手を伸ばし「おかしなことなんてするわけないだろう」と優しく松葉をなぞる指になにか胸に嫌なものが広がりかけて視線を落とす。
まるで自分が世話をした盆栽のほうがサカズキよりも大切だというかのような。
いや、手間をかけたものに情が湧くのはごく当たり前のことをなのだからアルバがこの鉢を大切に思っていても何もおかしくはないのだろうが。
もやもやした感情を整理できず俯いて湯飲みから昇る湯気を睨みつけているとサカズキが拗ねているとでも思ったのか、微笑ましそうな顔をしたアルバが幼子にするように頭をなでてきた。
傷も胼胝もない柔らかな手が短く整えられた硬い髪の上を行き来する。

「犬や猫は飼い主に似るというし、植物も同じなのかもしれないね」
「……犬猫と盆栽が同じに見えよるんか」
「同じだよ。皆生きているんだから」

それは命を等しく価値あるものとしてみているがゆえの発言か、はたまた等しく軽んじているがゆえか。
どちらにしろ極端なことだと自分を棚に上げて鼻を鳴らしたサカズキはこれもまた自分で淹れるより柔らかく感じる茶を啜って「蕎麦」と一言要求した。

「蕎麦ねェ……用意はしてあるが、唐辛子で真っ赤にして食べるのはよしてくれよ」
「どう食おうがわしの勝手じゃ」
「そりゃあもちろん勝手だけどね。あんなふうに台無しにするなら私の打った蕎麦じゃなくたってかまわないだろうに」

やれやれと膝を払って立ち上がったアルバの言葉に聞き捨てならぬとむっとして顔を上げると「他の人なら許さないけどサカズキだけ特別だよ」と笑って唇を掠めるように奪われた。
そのまま至近距離でアルバと目があって、観察でもするようにじっと顔を見つめられる。

「……なんじゃァ」
「いやあ、自分のことは気づかないものだなと思って」

お前もいつかそのうち指摘されるかもねと目を細めるアルバ。
その凪いだ瞳には、憎悪に煮えたぎるマグマ以外のなにがが映し出されているのだろうか。