器用貧乏という言葉の本来の意味と少し違うが、無駄に器用なくせにそれがなんの得にもなっていないことを考えるとアルバという男は正しく器用貧乏だった。 「まァた熱烈に見つめてくれちまってよォ。マルコお前、おれに惚れてんのかァ?」 にやにやと嫌な笑みを浮かべてそう言う様はまるっきり悪意をもって絡んでいるようにしか見えない。 偶然アルバの本音を知ってしまって以来たびたび愚痴られるようになったサッチですらその『本音』を疑いたくなるほどに。 「……ありえなさすぎて怒る気にもならねェよい」 心底鬱陶しそうに眉をひそめそんな下手な台詞で喧嘩を買うほど暇じゃねェんだと犬を追い払うように手を動かしたマルコに「つまんねェの」と肩をすくめる姿も堂に入っていて、苦笑しながら見守る家族たちも、絡まれた当人であるマルコだってまさかアルバが今この瞬間つれないマルコの態度に傷ついているだなんて思ってもみないだろう。 男同士で、しかも家族。 そんな厄介な相手に惚れてしまって下手に想いを告げることも叶わず、それでも望みを捨てきれずにマルコの気持ちを探ろうとした結果があの態度だというのだから呆れを通り越していっそ哀れなほどだ。 その無駄な演技力を別の方向に活かせば恋愛的な意味では難しくとも一人の人間としてマルコに好かれることは簡単だったろうに。 「おい、サッチ」 今頃落ち込んでんだろうなァと踵を返して去っていったアルバの背に隠された心中を察し自業自得とはいえかわいそうなもんだと溜息を吐いているとぽんと肩をたたかれ振り向けばそこにはアルバの器用貧乏の被害者であるマルコの姿があった。 こいつもまたかわいそうに、と思う。 アルバの悪態はマルコへの好意からくるものとはいえ、当のマルコがそれを知らない以上アルバはなんの謂れもなく突っかかってくる不愉快な存在でしかない。 自分になんの落ち度もないのに日常的に絡んでくる、距離を取ることも排除することもできない家族の存在などサッチからしてみたら悪夢のようなものだ。 だから「ちょっと付き合えよい」と顎でついてくるよう促されたとき、その目の鋭さについに我慢ならなくなったのかと思った。 アルバと仲のいい自分を調停役に使い意味もなく絡むのをやめるよう説得させるつもりなのかと。 そんなふうに解釈していたものだから、面倒なとこになったと頬を掻きつつ大人しく付いていった人気のない廊下の隅でマルコが口を開いたとき、サッチは耳を疑った。 「おれァ、そんなにアルバのこと見てるかよい」 「はあ?」 「だから……例えば、お前から見て、おれは……不自然か?アルバに惚れてるように、見えんのか?」 「いや見えねェよ!」 「じゃあなんであんなこと言われんだよい!!」 牽制された、気持ち悪ィと思われてんじゃねェのかと悲壮な顔で喚き立てるマルコに呆気にとられ、これはおかしいとストップをかける。 予想外の展開だ。 おかしい。 絶対におかしい。 だってマルコの口ぶりでは、まるで、まるで。 「あの……えっ、マルコ、お前まさかとは思うけど、まさかアルバに惚れてる、のか?」 自分の推理に自信を持てず曖昧な笑みで問うたサッチに沈黙で返したマルコは、しかし真っ赤な顔で俯いていて、答えはないがそれが答えということだろう。 さっきまでアルバに冷めた目を向けていた男と同一人物だとは信じられない変わりようだ。 「おま、おかしいだろ!あれのどこに好きになる要素があるんだよ普通嫌いになるだろ!?つーかお前ら喧嘩しかしてねェじゃねェか!」 「……アルバがああなったのはおれがあいつに惚れてからだよい」 前はあんなじゃなかったんだと話す掠れた声に上がっていたテンションがスッと元に戻った。 サッチだけが知っている情報をまとめるとつまりマルコがアルバに惚れて、アルバもマルコに惚れて、それでどちらかが告白すれば話は簡単だったのにアルバが気持ちを隠すために態度を変えたせいでマルコはアルバに自分の気持ちがばれて嫌われたと思い込み今に至る、と。 なるほど互いの性質とタイミングが神がかり的に悪い方向へ作用している。 相思相愛の二人が揃って器用貧乏なんて、なんという運命のいたずらか。 「おれがアルバに惚れてねェってわかれば元の……普通の家族に戻れるはずなんだ」 「そりゃあ……いや、でも元通りの仲に戻ってどうすんだよ。お前はアルバに惚れてるんだろ?」 つらいだけじゃねェかと当然の疑問を投げかけたサッチにマルコの顔がぐしゃりと歪む。 絶望と色恋の熱がぐちゃぐちゃに混ざったひどい顔だ。 「それ以外どうしようもねェだろい」 男同士で、家族なんだぞ。 死にそうな声でアルバと同じことを言うマルコに、アルバもそうだがどうしてここまで相手を好いていてあそこまで完璧に態度を偽装をすることができるのだろうと純粋な疑問が湧いてきた。 とりあえず完璧すぎてサッチがいなければ詰んでいたことは間違いないのだから、二人ともせいぜい感謝するべきだと思う。 |