食後に動くのが億劫になったのはいつからだったかと、最近ではもっぱら寝転がって使うことの方が多くなったソファに横たわりながら考えた。 昔、まだ自分が世間から若造扱いされていた頃は食事中に突然寝てしまうことはあってもこんなふうにだるさに任せて怠惰に過ごすことなんてなかったはずなのに。 歳をくったからと考え、しかしすぐにその仮説を否定する。 思い出すのは今のエースよりずっと老齢だった男の大きな背中だ。 彼だけではない。 エースと同じか、もっと老いてなおしゃんと立って生きている人間などこれまでの人生において珍しくもないほど見てきた。 その逆で、だらしなく無様に生を消費するだけの人間も。 自分がそちら側の人間だったというだけの話だ。 憧れていたはずの背中と同じ側には立てなかった。 歳のせいにするのは、違うだろう。 意図せず嫌な方向へ転がり出した思考に嫌気がさして目を瞑るとしばらくして食器を片付け終えたのであろうアルバの足音が近づいてきた。 面倒臭くて眠ったふりをするエースを気にすることもなくソファの傍に腰をおろす気配のあと、無造作に腹を撫で始めるごつごつと節くれだったアルバの手。 眠っているのを起こしてはいけないという遠慮や配慮がかけらもみえない触れ方はいつものことで、口に出したことはないがまるでペット扱いだなと思う。 一応恋人同士だというのになんて野郎だと内心で詰りはするものの自分の作った料理で膨れた腹を確認するように行き来する手はどこまでも優しいものだからたちが悪い。 愛玩動物にするようにエースを甘やかすアルバ。 スペードの海賊団において船長と船員という立場だったころからの付き合いで、エースの堕落を唯一喜んでみせたおかしな男。 「……アルバ」 「なんだ、起きてたの」 「アルバ、お前、おれが好きか」 昔じゃなくて今のおれが好きかと目をつむったまま尋ねると、突然の問いにも躊躇うことなく「好きだよ」と答えが返ってきた。 「昔のエースも好きだったけどあの頃のエースは絶対におれだけのものにはなってくれなかったから」 だから今のエースが好き。 秘密を打ち明けるように聞かされた言葉にそんな理由かよと呆れはしたが、確かにそうだ。 昔のエースはアルバのことを好いていたが大切なものは他にも沢山あって、アルバのためだけに生きることは不可能だった。 しかし今のエースは違う。 今のエースにはアルバしかいない。 アルバのためだけに生きられる。 それはもしかすると案外幸せなことなのではないだろうか。 すとんと何かがはまったような感覚に目を開くと微笑みを浮かべたアルバが顔に走った傷にキスを落とした。 ちゅっちゅっと可愛らしい音を立てて何度か繰り返し、そのままの流れで唇を奪われる。 先ほどまでのかわいらしいものから一転した濃厚でいやらしいキス。 「ん……なんだ、ヤんのか?」 「ヤる。エースが可愛いから興奮した」 「こんな身体したおっさん相手に、趣味わりィなァ」 「エースにだけだよ」 「当たり前だ」 おれもお前だけだと独り言のようにこぼすとアルバの目が驚きに見開かれて、ゆるりと緩む。 堕落した自分には似合いのぬるい幸福だ。 泥のようなだるさはもう気にならなかった。 |