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「サカズキ、ご褒美がほしい」

だらだらと卓袱台に突っ伏しながらふと思いついたことを口にすると「いい歳をして何を言うちょる」と呆れのこもった目でじとりと睨まれた。
確かに自分でもいい歳をした男の言うことではないとは思うが、しかし白ひげという伝説との戦争、終わりの見えない戦後処理、それにようやく片がついたと思ったら恋人と後輩の命懸けの決闘という地獄じみたイベントの連続に文句もこぼさず弱音も吐かず付き合い続けたことを考えればわりと当然の権利ではないだろうか。

「たまにはいいだろ?我ながらよくやったと思うよ、おれは」
「……おどれが自分で決めたことじゃろうが」
「もちろん。無茶ばっかりする恋人の傍にいようって決めたから毎日一生懸命頑張ってる」

のそりと起き上がって手を伸ばし皮肉じみた言葉とともに裂けた耳を指先でなぞるとサカズキの目元がピクリと動いた。
あの状況では衝突を回避するのはほぼ不可能だったとはいえ、大将間に亀裂が入る中なんとかして穏便に済ませることはできないかと駆け回り方々に頭を下げていたおれの行動をぶったぎって決闘を強行したことについてはサカズキなりに思うところがあるらしい。
耳を包み込むようにしてむにむにと揉みながら「なあ」と催促するおれに、サカズキの口からため息が一つ。

「……大将の席は空いちょらんぞ」
「いやいやいや、おれの実力で大将になるとかご褒美どころか罰ゲームだろ。空いてたとしてもいらねェよそれは」

突拍子も無い言葉に全力で遠慮の意を示し、じゃあ何がほしいんだと問われて首を捻る。
まず金や物はいらない。
もともと物欲や金銭欲があまりないのに加え、おれも今やかなりの高給取り。
必要なものはあらかた自分で買えてしまうのだ。
もっと二人きりの時間があればとは思うが新体制になって間もないこの時期に元帥であるサカズキを独占することなどできるはずがないし、一人で仕事を休んでも暇で仕方ないだけだろう。
性的なあれこれに関してもたまに歳を考えろと怒られはするものの充実している。
まいった。
幸せすぎてほしいものが思いつかない。

「なんじゃァ、考えもせんのに言いよったんか」

馬鹿にするようにふんと鼻で笑ってシガーケースから葉巻を取り出したサカズキにむっとして「じゃあ」と火がつく前のそれを奪い取る。
褒美の内容を考えずに口にしたのは間違いないし考えてみたら特にほしいものがなかったのも事実だが、だからといってやっぱり無しでいいというのはなんとなく癪だ。

「キスしてくれよ」
「………………あァ?」
「サカズキからキス。してくれないだろう、全然」

勢い任せに言ってから、これはなかなか名案なのではないかと自賛した。
なにせサカズキからのキスは長い付き合いの中でも数えるほどしかないなんとも貴重なものなのだ。
してもらえればおれは当然嬉しいし、またこれからも頑張ろうと思える。
まさにご褒美と呼ぶに相応しいだろう。
気圧されたように仰け反るサカズキを追って身を乗り出し葉巻を咥えるはずだった唇を摘んでみせると周囲の温度がじわと上昇した。
毎度のことながら海軍元帥がこんなことで動揺するとか、可愛いすぎてつらいからどうにかしてほしい。

「サカズキがどうしても上手くできないから嫌だっていうなら考え直すけど、どうする?」
「……!!」

苦い顔で断りの言葉を探しているところへ痛い思い出ばかりのキスを揶揄して煽ればサカズキの目にギッと力がこもるのがわかった。
「そこでじっとしちょれ…!」と威嚇するように唸る様は海賊と相対したときと変わらない恐ろしいものなのだが、やってやろうではないかという意気込みに反して距離を探るようにおずおずと近づいてくるものだから愛らしくて仕方ない。
されるのには随分前に慣れたはずなのに、する方になるとそこまで距離を計りかねてしまうのか。
そう不思議に感じるほどゆっくり顔を近づけたサカズキが、ようやっと唇に触れるだけのキスをしたかと思うとまたゆっくり身を引いていき、元の姿勢に戻って静止する。
眉間に皺を刻んだ表情すら変えずに固まったサカズキにくしゃみを我慢しているときみたいだな、と考えていると、十秒ほどの後なにかを堪えるようにぷるぷると震えだしたサカズキの額からどろりと少量のマグマが溶け落ちた。
マジか、と思った。
ジュウと卓袱台を焼いたそれにとっさに茶を引っ掛けて消火し、まじまじとサカズキを見つめる。

「……それ、すごい久しぶりに見たんだけど、まだなるんだ?」
「…………うるさい」

かわいい。
小刻みに震えたままマグマに変わりそうになる体を必死に制御しようとしているサカズキにだらしなくにやけながら「いい歳して」とついさっきもらったばかりの言葉をそのままお返しする。
いまはもう海軍から去ってしまった後輩に「あんたらいつまでいちゃついてんの」と呆れられたことがあったが、サカズキが未だにこの調子なのだからおれもいつまでだってこの調子だろう。
呆れるほど変わらない、永遠の恋人だ。