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鬼の霍乱――いや、この場合は小鬼の霍乱か。
普段の覇気を感じられない悪ガキを不審に思っていたら案の定だ。
丸みのある頬は赤く、子供体温にしたって高すぎる熱に咳はないが微妙に掠れて出しずらそうな声。
医者曰くただの風邪らしいが意地を張って我慢しているうちに悪化したのか薬を飲んでもすぐには治らないだろうとのことで、まったく、馬鹿だなァとしか言いようがない。

「薬は?ちゃんと飲んだか?」
「……ん」

心配しているというほどではないが一応気にかけてはいるらしいお頭が寄越してきた厚手の布団にくるまり赤ん坊みたく丸っこくなっているエースに確認すると熱に浮かされているのかふわふわとした声が返ってきた。
いつもはもっと横柄な態度の寝方をしているし声をかけたって返事なんてしやしないから、きっと本当につらいんだろう。
ランプの灯りに照らされて細かく震えている布団の小山につらいならつらいと言えばいいのにやっぱり馬鹿だなァと思いつつ仕方がないと立ち上がる。
こういうときに察してやるのも兄貴分の勤めだ。
まあ、兄貴分といったって自分勝手に世話を焼いているだけだからエースが聞いたら眉を吊り上げて否定するだろうが。

「エース、寒いから邪魔するぞ。ほらもうちょっとそっち寄れ」

もう寒いというほどの季節ではないけれど見てわかるほど震えているということはエースにとってはそうなのだろうと判断し、熱が逃げないように布団をめくり素早く中に潜り込む。
入ってくるなとか出て行けとか、いつもなら言いそうな言葉を吐いて騒ぐこともなくただぎゅっと丸まる身体に力をこめたエースを腕の中に囲い込み、汗ばんだ黒髪をゆっくり撫でているとされるがままになっていたエースがつい口から零れ落ちたとでもいうようにぽつりと呟いた。

「……おれ、死ぬのかな」

本人にも伝えたがエースのこれは間違いなくただの風邪だ。
それでもこれまで体調を崩すこともなく元気すぎるくらい元気に過ごしてきた子供にとってはそんな危機感を覚えるほどの異常なのだろう。
わかっている。
わかってはいるが「死ぬのかな」って。
突拍子もない弱音があまりに面白すぎて思わず吹き出すと笑われたことを理解したエースが腕の中でじたばたと暴れ出した。
死ぬかと思うぐらいしんどいくせに、ガキのプライドの高いこと。

「はいはい、落ち着けエース。お前は死なねェよ、なんたっておれが死神の野郎に話つけてやったんだからな」

放っておくと強くなる一方の笑いの衝動を堪えてとんとんと小さな背中を叩いているとしばらくして落ち着いたエースが熱で潤んだ目で睨むようにおれを見上げ「死神?」と怪訝そうな声をあげた。
嘘だと断じて馬鹿にするのではなく真偽を見極めようとする声色に、これはいけそうだと唇を吊り上げる。

「そうさ、お前が死にそうになったらおれの命と引き換えに一回だけ見逃してくれるように頼んだんだ。だからおれが生きてる限りお前は死にやしない。安心してゆっくり寝とけ」

ぽかんとした表情に満足して汗ばんだ額にキスを落とし、このままの流れで眠ってしまおうとおやすみを告げて目を閉じる。
元気なときであれば馬鹿じゃねェのと突っかかってくるに違いないが今のぼんやりしたエースならころっと納得してくれるだろう。
そう考えて瞼に遮られた暗闇のなか丸まった背中をとんとん叩くのを再開して数分。
なんと、腕に抱えこんでいたエースが先程の比ではないほどぶるぶると震えはじめた。
それだけではなく、なんだか胸の辺りがじんわりと湿っているような気もする。
おかしい。
これはでまるでエースが泣いているようではないか。

「……エース?なんだ、どうし……、あ゛?」

果たして閉じていた目を開き、薄い肩を掴んでエースを引きはがすとそこには唇を食い締めぼろぼろと涙を流す真っ赤っかの泣きっ面があった。
おれの服が濡れているのは涙かそれとも鼻水か。
想像の通りだったし風邪のときは心が弱るというが、正直エースが泣くのは予想外過ぎた。
ばればれの作り話とはいえ死の不安は否定してやったというのに、いったいどこに泣く要素があったのだろう。

「どうした、どっか痛いか?ん?」
「と、……ッ」
「と?」

必死に嗚咽を我慢しているエースのためなるべく優しく問いかけると、エースはたっぷりと時間をかけて「とりけせ」と引き攣った声を紡いだ。
そして、取り消せって何をと尋ねる前にエースの口からその答えを聞かされる。


「だって、しにがみ……とり、っとりけさね゛ェとっ…… アルバ、が、ッし、ん゛じまう゛ぅ゛ぅ゛……!」








***



「ーー自分が死ぬかもと思っても泣かなかったくせにさァ……それを聞いたとき初めて思ったね。『こいつおれが傍にいてやんねェと』って」
「アルバてめェふざけんな死ね!!!」
「死んだらエースが泣いちまうから死ねねェんだよなァこれが」

はははと笑ってそう言うと海楼石の鎖で縛り上げられて耳を塞ぐこともできないままガキの頃の恥ずかしい昔話を宴の肴にされたエースがうわあああと叫んでのたうちまわり、それを見た周囲からはどっと笑いがあがった。
これからしばらくはこのネタでからかわれまくるだろう。
かわいそうに。
まあ、エースにとっては黒歴史でもおれにとってはその場しのぎの作り話を本当にしてもしまってもいいかと思った大切な記憶の一つなのだ。
山賊が人生捻じ曲げてまで海に出たのだから、新しい『家族』に惚気るくらいは許してやってほしい。