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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

二人だけで大丈夫か前向きな話し合いができるかおれも付き添ったほうがいいんじゃないかと過保護な提案をしはじめたサッチ隊長に人がいると逆に話しづらいからと断りをいれ、ノックをしても返答のないエースの部屋に足を踏み入れてしばらく。
おれはなかなか目を覚まさないエースが握りしめている煤けた袋を見つめながら、これからエースに何をどう話そうかと考えていた。
サッチ隊長が拭いてやらなかったのか、もしくは隊長がいなくなった後でまた泣きでもしたのか、大泣きの痕跡を残したままのぐちゃぐちゃな寝顔は予想外にひどいものだった。
濡れタオルで拭ってやっても真っ赤になった瞼の腫れは引かず、痛々しいことこの上ない。
つまり理由はどうあれおれの行動がエースを随分と傷つけてしまったのはまぎれもなく事実なのだろう。
おれはただ、本当にこれ以上自分のせいでエースを煩わせたくないと。
距離さえ置けば不快にさせることもないと思っただけなのに、最悪だ。
こうなった以上もうエースとの関わりを断つという方法は取れない。
エースがおれのことを傷つけたと思っているのなら遠ざけようとすれば余計に自分を責めてしまう可能性すらある。
しかしこれからも関わり続けるとして、エースが負担も罪悪感も抱えないような適度な距離とはいったいどの程度のものなのか。
他の兄弟相手なら簡単なはずなのに、最初から嫌われ通しだったせいかおれにはエースとの距離感が恐ろしいほどわからない。

「……ん」
「!エース、隊長」

落ち着いて、まず自分は大丈夫なのだとしっかり伝えようと深く息を吐きだしているとベッドの上で眠っていたエースがもぞりと動いた。
重い瞼に違和感があるのか目を擦ろうとしてピタリと動きを止め、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
アルバと動いた唇から漏れたのは掠れ切った小さな声で、こんなふうになるまで泣いたのかと思うとやるせなくなった。
もっと上手く身を引いていれば、もっと早く見切りをつけていれば、いや、いっそ最初から関わらずにいれば傷つけることもなかったのに。

「アルバ……ぁ、…え…?」
「……悪い、勝手に入った。水飲むか?」

半分ほどしか開いていない目をしぱしぱと瞬かせるエースに用意しておいた水を差し出すと、やはり喉が渇いていたのかエースはぼんやりしつつも上半身を起こし、わずかに甘じょっぱいであろうそれを口に含んだ。

「サッチ隊長が水分だけじゃなくて塩分もとったほうがいいって言ってたから、一応な」

渡された水に味があると気づき不思議そうな顔をするエースが飲み終わるのを待って話し始めると、水と塩、その二つが何を示しているのかすぐに理解したのだろう。
一瞬で強張った表情に胸が痛んだがここを避けて話をするのはさすがに無理があるため、あえて気にしないふりで切り込んでいく。
泣いたんだって?びっくりした、なに泣くことがあるんだよと努めていつも通りに笑いながら続けると袋を握りしめていたエースの手が小さく震えるのが見えた。
力を込めすぎているせいで白くなってしまっている手が痛々しい。

「あ、の、おれ……あ、謝んなきゃっ、て、思って」
「ああ、聞いたよ。馬鹿だなァ、お前は悪いことなんかしてないのに」

やれやれと首を竦めてなんでもないことのように笑い飛ばすおれにエースの視線が突き刺さる。
そばかすの散った頬はすっかり青ざめてしまっていて、これでもしその上を涙がつたいでもしていたらおれは冷静ではいられなかっただろうから瞬きを忘れたみたいにこちらを凝視するその目が乾いたままなのは不幸中の幸いと言えた。

「サッチ隊長が何言ったか知らねェけど、おれはほら、吹っ切れただけだから。おれはお前のこと好きだけど相性の良し悪しはどうしようもないし……本当に今更だけどさ、これ以上嫌な思いさせたくないって思ったんだ。だから近づかないでおこうって」

「…………おれは嫌じゃない」
「おれが、嫌なんだ」

おれの話を聞き、しばらくしてからふるふると首を横に振ったエースの言葉尻に被せるようにしてきっぱり言い切るとひゅっと息を飲む音が聞こえた。

エースはおれが近くにいると笑わない。
おれではエースを笑顔にできない。
これまで目を背けてきたことをようやくきちんと理解し、納得した。
この期に及んでエースの罪悪感につけ込んで傍に居座るようなまねをするのはおれが嫌だ。

「でも意外だったよ。お前はおれのこと嫌ってるだろうから、おれが近づかなくなったって気にしないと思ってた」
「……きらって、ねェ」
「そうか。なら今度から見かけたら声かけてもいいか?」
「見かけたらって……そ、んな、だって、アルバ、最近全然、どこにもいねェのに」
「別にいないわけじゃないけど、生活リズム戻したからなァ。おれもともと寝るの早いし朝は日が昇る前に起きることが多いんだ」

嫌ってないけど好きではないんだろうという意地の悪い言葉は飲み込み「昼は決まった場所にはいないけど朝ならだいたい釣り場にいるよ」と行動範囲を伝えるとエースが釣り、と口の中で小さく呟いたのが聞こえた。
釣りといえばスペードの海賊団がうちに吸収されてすぐのころ、なかなか釣果が振るわないエースによく釣れる方法を教えてやろうと横から口出しして怒らせたことがあった。
気にくわない相手からものを教わるなんてそりゃあ嫌に決まっているだろうに、うまくいけば心を許してもらえるかもなんて本気で思っていたのだからおれというやつはどうしようもない。

「まあなんていうか、あんまり近づかないでおこうと思ってたけどエース隊長がいいっていうなら普通に仲良くやりたいし。話しかけてもあんま睨まないでくれよ?あとは……そうだな。気が向いたらそっちからも話しかけてくれたら嬉しいかな。ほんと、たまにでいいからさ」

その気がないときは無視してくれて構わないからと念押しして、幾度か波の揺れを感じる間の沈黙の後こくりと頷いたエースに肩から力が抜けた。
これから先のことはまだわからないがとりあえずこれでエースの罪悪感は軽減できただろう。
あとはゆっくり時間をかけて、家族の中の一人、その他大勢の位置に収まっていこう。

「あ、そうだ。それサッチ隊長から押し付けられたんだろ?ごめんな、後で捨てとくからーー」
「ッ駄目だ!!」

渡したときと同じように伸ばした手を叩き落とされ、え、と目を見開くおれに必死の形相をみせたエースがへにゃりと眉を下げた。
これは、あの、と言い澱み、最終的に絞り出すような声で「気に入ったから」と袋を握る手に力を込め直したエースの顔はまるっきり途方に暮れた子供のようで、まだリボンも解いていない焦げた袋のいったいなにを気に入ったのかは最後まで聞くことができなかった。