*『謎生物日記』の設定と少しだけリンクしていますが本編とは特に関係ないので読んでいなくても問題ありません その日の明け方、目を覚ましたドフラミンゴは耐え難い苛立ちに苛まれていた。 妙な夢を見たのだ。 夢の中のドフラミンゴは愛用のフェザーコートと同じように鮮やかなピンク色をした掌大の毛玉だった。 毛玉は弱く愚かな生き物で、野生として生きていたくせに人に傷つけられ人に救われ人に懐いて、依存した。 あれを自分だと思うことすら厭わしいのに、なまじリアルな夢だったため感情や記憶がリンクし過ぎていて否定しきることができないのが腹立たしい。 目を覚ました直後なにも失くしてなどいないはずなのに確かにあったはずのものがないというどうしようもない不安に押しつぶされた結果部屋の隅々を探し回り、床を這うようにしてベッドの下まで覗き込んでしまうという失態を晒したのも苛立ちの原因の一つだ。 王たるドフラミンゴが夢に引きずられて我を忘れるなどあってはならないことなのに、夢で得たしあわせな記憶があの男を探せと喚き立てる。 夢の世界の住人など探したところで見つかるはずがない。 ーードフラミンゴが『 』に会うことは、もう二度と叶わないというのに。 「っ、……クソが……!」 現実に沿った思考を認めまいとするようにズキズキと痛む頭を押さえ今日何度目になるかわからない舌打ちを繰り返す。 気分転換のために城下へ降りても視線は無意識のうちに人混みを探り、ここにもいないと目的地の定まらない歩みを急かすのだからどうしようもない。 酷くなるばかりの吐き気に顔を歪め、ドフラミンゴは苛立ち紛れに港に泊まっている騒がしい船を能力で両断した。 八つ当たりの犠牲になった船はドンキホーテ海賊団の旗を掲げた商船だ。 自分の持ち物を壊したところで非難される謂れはない。 しかし。 「おい」 背後から低い、静かな声が発せられた瞬間、ドフラミンゴの身体はぎしりと硬直した。 「おい、あんた何の恨みがあってあの船を潰した」 おれはあの船に同乗して次の島へ渡る予定だったんだが、と話す凪いだ声は聞いたことがないはずなのにどこまでも懐かしくて混乱に拍車がかかる。 あの夢の中の毛玉なら一も二もなく跳弾のようなスピードで男の胸だか顔だかに飛び込んだことだろう。 しかし如何に夢の影響を受けていようとドフラミンゴはドフラミンゴでありそんな行動などとるはずがない。 それなのに心臓はバクバクと脈打ち、目の奥が熱くて、少しでも声をあげればおかしなことを口走ってしまいそうで。 数秒か、数分か。 わけのわからない感覚に立ちすくんだままのドフラミンゴに業を煮やしたらしい男が溜息を吐いて、踵を返す気配がした。 「!……う、っ!?」 行くな、と一声かければそれだけで男は立ち止まったはずだ。 けれど考える前に動いたドフラミンゴの指先は糸によって男の自由を強制的に奪ってしまった。 向き直ったことによりかちりと視線がかち合う。 そうだ、夢の中でも男は、『 』は色のついたガラス越しにいつだって視線を合わせてくれていた。 そう思ううちに男の表情が驚きから強い警戒に代わり敵意に満ちた声が「なんのつもりだ」とドフラミンゴを糾弾して、呆然と、ああ間違えた、と思った。 脳みそがぐらぐらと揺れて吐き気が一層強くなる。 ドフラミンゴはドフラミンゴであって毛玉ではない。 目の前の男は間違いなく『 』なのに、ドフラミンゴは愚かにも愛らしいあの毛玉ではありえないのだ。 無理矢理力で奪っても焦がれているあのしあわせは手に入らない。 無言のまま拘束を解こうともしないドフラミンゴに男の敵意が増していく。 奪うことしか知らないドフラミンゴには、もうどうすればいいのかわからなかった。 |