「ーー海……海に落ちて、息が、」 「ああ、なるほど。だからあんな暴れてたんですか」 夢の中の海で溺れて必死にもがいていたのが現実の身体にも反映されたのだろう。 聞けば納得するものの、夜這いしにきてベッドで暴れる若を発見したときには本当に何事かと思った。 思わず乱暴に揺さぶり起こしてしまったが、今の顔面蒼白でカタカタと震えている若を見るにそれは正しい判断だったに違いない。 というか、若でも海は怖いのか。 能力者なんだから当然っちゃ当然なのだが若なら溺れてようが構わず笑ってそうなイメージがあったからなんか意外だ。 「あー……なんつーか、夢なら頑張りゃ泳げそうなもんだし、そんなに怖がる必要ないんじゃないですか?」 「……泳げるのか?」 「泳げますよ、だって夢ですもん。なんなら人魚とか魚人みたいに息しながらすげースピードで泳げますよきっと」 さすがにこんなふうに弱った若に対して無体を働く気にはなれず、起こしていた上体をそっとベッドに押し戻して枕に沈んだ頭を子供にするみたいに撫でながら「若が人魚になったらやっぱりキレーなピンク色の鱗なんでしょうね」と話を続けると少ししてから「お前は、」と囁くような声が返ってきた。 意識が逸れたことで落ち着いてきたのか、強張っていた表情はそれなりに穏やかだ。 「おれですか?うーん、おれはサメとか、格好いいのがいいなァ」 「……フフッ、似合わねェな」 唇の端を小さく持ちあげて静かに笑った若はそのままゆるゆると瞼を閉じ、ゆっくり息を吐いて二度目の眠りについた。 きっと今度の海は悪夢の舞台にはならないだろう。 「……あれ?」 お役目御免とばかりに立ち去ろうとして初めて気づいた事実。 おれのシャツの裾が若の手に握り込まれているではないか。 まあ、なんと、へェ。 二、三度瞬きをして若の寝顔と握られたシャツを見比べてからそういうことなら仕方ないと、おれはのそのそとにやけ面でベッドの上に這い上がった。 当初の予定は狂ったが、まあ、たまにはこういう夜も悪くはない。 ーー翌日一番人の顔を指差して笑いを堪えながら「クラゲ」と言い放ち直後耐えかねて爆笑を始めた若には、ちょっとおれのイメージを詳しく聞いておく必要があると思う。 |