パァンという破裂音とともにベッドの半分が消し飛んだ。 咄嗟に引き寄せたケットに覇気を纏わせて飛んでくる破片を防いだものの、寝起きでふわふわしていた頭はもはや真っ白。 わけがわからないまま足を失って傾いたベッドの上から転がるようにして床に降りるとこの大惨事を引き起こした張本人であるグラディウスと視線がかち合った。 「ちょっ……は!?グラディウス!?」 何を言えばいいかもわからずただ驚愕の感情のまま口を開いたおれにサッと踵を返し、脱兎のごとく部屋から逃げ出したグラディウスにさらに頭の中の疑問符が増える。 最初はおれの言葉が若を馬鹿にしたものだと勘違いされて、それで攻撃されたのかと思った。 だがもしそれが理由だとしたらグラディウスは部屋から出ていくどころか誤解がとけるまで攻撃の手を緩めたりしないだろうし、なにより先程ゴーグルの奥でおれを映していた目はまるで、怒っているというよりも。 「……悲しんでた?」 正直なにを悲しむことがあるのかと思う。 だって、恋人であるにもかかわらず好意を持ってくれているのかもわからないグラディウスに対して虚しく悲しい思いをしているのはいつだっておれの方なのに。 しかしグラディウスの心情を理解できずに困惑する自分と、それでも間違いなくグラディウスが傷ついていた、傷つけてしまったと焦る自分では圧倒的に後者の方が主張が強く、いてもたってもいられなくなったおれがグラディウスの後を追って部屋を飛び出すまでそう大した時間はかからなかった。 ああそうとも。 結局おれはどうあったって、グラディウスのことが大好きなのだ。 「グラディウス!」 ところどころ目印のように能力の被害を受けて破損した廊下を辿り、最終的に逃げ込んだらしいグラディウスの部屋の扉を開く。 返事がないのは気にせずずかずかと乗り込んでいくと、先程壊されたおれのものと似たり寄ったりな簡易ベッドの上に見事な布団団子ができていた。 パチンパチンと泡が弾けるような音が聞こえ時折小さく跳ねる団子から布団を剥がそうとすると当然のごとく抵抗にあい、なんとか少しずらすことに成功したところ出てきたのはうつ伏せで枕に顔を押し付けた状態のトゲトゲ頭。 いつものマスクは外されているらしく露出した耳は真っ赤に染まっていて、嗚咽を押さえてしゃくりあげているのかひくりひくりと動くトゲトゲ頭の団子を見ながらおれは「なんだか新しい動物みたいだな」と場違いな感想を抱いた。 「……グラディウス」 宥めるように名前を呼んでぽんぽんと布団を叩いてもグラディウスが泣きやむ気配はない。 どうすればいいのかわからずつい癖のように頭に手を伸ばしかけ、寸でのところで毒のことを思い出したがしかし泣いている人間を落ちつかせる方法などこれくらいしか思いつかず、おれは暫しの逡巡ののち恋人とのスキンシップにそこまでするなんてと避けていた武装色の覇気を手に纏わせるとグラディウスの硬い髪をわしわし撫でまわした。 「な、やっ…!」 「嫌か?嫌なら泣き止んで出てこい。そうしたらやめてやるから」 「違う!毒、がっ」 「覇気でガードしてるから平気だよ……まったく、恋人に触るのに覇気使わなきゃならないなんて酷い話だよなァ」 「ッ、ーーふ、ざけるな!!」 わしわしわしわし撫で続けながらぼやいた瞬間、布団ごとおれの手を払いのけたグラディウスが涙でぐちゃぐちゃになった顔を更に歪めてそう叫んだ。 逃げられる前にゴーグル越しに見た瞳と同じ、悲痛な色の叫び声。 「ふざけるな!なにが、お前はっ……ひどいのはお前だろう!?覇気!?そんなもの使わなくたっていいように毒を洗い流していたのに、触れようとしなくなったのはお前だろうが!部屋にだって来なくなった!どうせ……っどうせ、恋人だなんて、もう思っちゃいねェんだろうが!!」 「えっ?……えっ!?」 ふざけるな、ふざけるな死ねと何度も罵りながらぼろぼろ涙を零すグラディウスに目を白黒させて「シャワー浴びるのは汗かいたからだって…」と漏らすと「汗くらいで日に何度も洗ったりするか!!」と怒鳴りつけられる。 その言葉に、おれは雷に打たれたような衝撃を受けた。 だってそれって、それじゃあグラディウスは。 「お……おれに撫でられるためにわざわざ髪を洗ってた、ってこと……?」 「〜〜〜〜……ッ!!!」 「あっ待て、わかったから!ストップ、ストップ!」 わかったと言いつつまだ全然信じられない気持ちのまま、真っ赤になってぶるぶる震えながらぷくーっと膨らみだしたグラディウスを抱きしめ背中を叩く。 落ち着いたのを見計らって濡れた頬を両手で挟みちゅっとデコにキスするとグラディウスはまた泣き出しそうにくしゃりと顔を歪め、唇を噛み締めた。 今度は悲しいのと、嬉しいのが混じった顔だ。 「グラディウス、好きだ。大好きだ。ただおれは、グラディウスはこういうスキンシップとかおれと過ごす時間なんてどうでもいいんだろうなって思ってたんだ」 「いい、わけがあるか……!」 「いや、でもお前一緒にいても完全防備のままだしさァ。キスしたくてもいつもマスクつけてるし」 「…………いま、は、」 いまは、つけていないだろう。 二度目の告白に対する返事のつもりか、遠回しなキスの誘いに奇声を上げそうになりながら顔を近づけると唇が重なる直前で羞恥の限界を迎えたグラディウスが破裂しておれは見事に吹き飛ばされた。 とりあえず、ベッドは大きいのを買おうと思う。 |