自室に戻って一番、立ち止まりもしないまま勢いよくベッドに腰掛けると案の定ギシッと嫌な音がした。 買い替えどきをとっくに過ぎたベッドだ。 壊れないだけマシだろう。 新品の安物が使い古された安物になってもうどのくらい経ったか、グラディウスと付き合い始めた頃、次は二人で寝ても狭くない高くて丈夫で大きいやつを買おうとニヤニヤしていたのも随分遠い日のことのように思える。 でも、この分だと次も安いやつでかまわないかな。 家具にこだわりなんてないし。 いや、そもそも一人で寝るだけなら眠れないほどぶっ壊れでもしない限り買い替える必要すらないか。 「……あーあ」 とりとめもない思考に一区切りつけ、ごろりと転がって目を瞑る。 瞼の裏に映るグラディウスの後ろ姿に、再度「あーあ」と呟いた。 せっかくむこうから話しかけてもらえるチャンスだったのに、すれ違いざま若から呼び出しを受けたらしいグラディウスはこちらを睨むだけ睨んでそのまま若の後ろにくっついていってしまった。 別におかしな話ではない。 おれへの注意と若の呼び出しなら後者を優先するのは当然のこと。 ましてそれがグラディウスなら絶対に若を後回しになどしないだろう。 それが普通なのだとわかってはいる。 けれど、それでも「あーあ」と思った。 グラディウス相手に期待なんてするだけ無駄なのに勝手にわくわくして勝手にぬか喜びだなんて落ち込んで。 あーあ。 ほんと馬鹿馬鹿しい。 *** 「ーーーーん……?」 何かが髪をさらさらと通り抜ける擽ったい感覚に意識が浮上し、ぼうっとした頭のまま無造作に『何か』を捕まえる。 眠っていたせいで火照っているおれの手とは逆にひやりと冷えた『何か』が驚いたようにひっこめられ、つられて視線をあげるとそこには手をおかしな具合に硬直させて目を見開いているグラディウスがいた。 なるほど、先程の擽ったい『何か』はグラディウスの手だったらしい。 しかも手袋をしていない、いわゆる素手。 グラディウスがおれの部屋にいて素手で髪を梳いていたとかあり得なさすぎて夢かと疑ってしまうほどだ。 「……お前がおれの部屋に来るなんて珍しいね。どうした?おれに何か用?」 のそのそ起き上がってゆるく首を振ることで眠気を追いやろうとして、イマイチ覚醒しない頭にハァと息を吐く。 諦めて半ば寝ぼけたまま口にした言葉に我ながら嫌味だな、と苦笑した。 珍しいもなにもグラディウスが自主的におれの部屋に来るなんて付き合いだしてから初めてのことだ。 そして、きっと今回も本当の意味で自主的に来たわけではないのだろう。 「用、というか、その…………若が」 「さっき呼び出されたときにたまには恋人らしいことしてやれとでも言われた?」 『若が』。 思った通り出てきたセリフに「命令だからってこんなサービスしてくれるなんて律儀なやつだなァ」と肩を竦め、枕元に置いてあった手袋を差し出す。 グラディウスは何故かそれを受け取ろうとはせず、呆然としたようにじっとこちらを見つめていた。 睨んでいるのとは違う、どこか幼さを感じさせる表情が面白い。 「ああ、もしかしておれの告白受けたのも若の命令があったからとか?」 告白して返事をもらうまでに数日あった。 その間におれに告白されたことを若に報告して「いいじゃねェか付き合ってやれ」と言われたとか、ありそうな話だ。 馬鹿馬鹿しいなァと笑うおれの手から手袋がはたき落とされ、次の瞬間、手袋の破裂に巻き込まれたベッドが半分、粉々に吹き飛んだ。 |