「アルバ、もっとちょうだいよ、それおれのなんでしょ?」 のろのろと緩慢な動きで手を伸ばしてくるクザンからひょいとチョコレートの詰まった箱を遠ざける、と、反応できずに掴み損ねて手を空ぶらせた挙句「大将命令なのに、ケチ、ばか」と子供のような悪口が返ってきて、思わず深いため息が漏れた。 意外にも甘党な同期に気まぐれでお高いチョコを買い与えてみた結果がこのざまだ。 確かに、これまで上手く避けていたのか宴会などでもクザンが酒を飲んでいる姿は見た記憶がなかったが、しかしまさかこんな――洋酒の詰まったチョコレート数個で酔うほど弱いだなんて思ってもみなかった。 もう、べろんべろんである。 弱点を隠したい気持ちはわかるけれど、せめて酒を使った菓子は苦手だとでも言っておいてくれれば別のものを買ったのに。 「おいクザン、チョコが欲しいなら今度また買って来てやるからこれはもうやめとけ、な?」 軽く説得してチョコをしまおうとするおれにクザンが酔っぱらい特有の赤ら顔を歪めて「まってよ、かえして」と追いすがってきた。 今度じゃ嫌だ、今日じゃないと、なんて、まるで聞き分けのない子供のようだ。 力の入っていないクザンの腕を避けるのは簡単だったが酔って理性が働いていないぶん諦めの悪さはいつもの比ではない。 執拗な追跡を確実に逃れるには、おれがこの場で残りのチョコを処理してしまうのが一番だろう。 そう考えて口の中にチョコを放り込みがりっと噛み砕いた。 チョコが舌の上で溶け、洋酒のアルコールが鼻を抜ける。 瞬間。 「ッ、むっ!?」 吸い寄せられるように近づいてきたクザンの唇がおれのそれと重なったかと思うと、遠慮も恥じらいもなく熱い舌が侵入してきて溶けたチョコレートを取り返そうとするようにおれの舌に絡みついた。 服を掴んでいる手は相変わらず弱々しいはずなのに、突き飛ばすことができない。 蠢く舌に気持ち悪さを感じるどころか心臓が跳ねてわけのわからない興奮が高まっていく。 貪られるがまま硬直しているうち、くちゅっ、くちゅっと濡れた音を立てながら口内のチョコを奪っては嚥下するのを繰り返していたクザンがそっと唇を離した。 潤んだ瞳と上気した頬がさっきまでとは明らかに違って見えて、もう自分の口に飲み込むべきものはないはずなのにごくりと喉が鳴る。 「ク、クザン」 「……バレンタイン、だから」 「、え?」 「今日じゃねェと意味、ねェから、たのむから、かえしてよ」 アルバからの、チョコ。 おれにもたれ掛かりながら小さくそう呟いたかと思うとずるずるその場に崩れ落ちたクザン慌てて抱きとめ、健やかな寝息を立てていることを確認して呆然と立ち尽くす。 おれがチョコを買ったのは本当にただの気まぐれであって、バレンタインというイベントに便乗したつもりは毛頭なかったし、受け取ったときの、素面だったクザンもそんな素振りは見せなかったはずだ。 けれど、平然と振る舞う裏で、内心では喜んでいたのだろうか。 今日この日に、おれからチョコを贈られたことを。 だとしたらこいつはなんて、とそこまで考えたおれは、自分が甘ったるい酔っ払いに誘われるまま道を踏み外したことを悟って長い長い溜息を吐いたのだった。 |