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「で、苦しんでる患者放ってこんな時間から呑んだくれてやがんのか。情けねェな」
「……別に、放り出したわけじゃないですよ。片思いの相手にアプローチするにしろ気ィ紛らわせて発作を抑えるにしろ、おれがいるんじゃやりにくいだろうと思って下がっただけです」
「てめェが現実を見たくなかっただけだろうが。言い訳すんな青二才」

飲みかけの酒瓶を取り上げ情け容赦ない言葉を浴びせかけてくるジジイを恨めしげに見上げるが、すべて図星なだけに反論はできない。
おれが目の前にいるのに他の誰かを想い苦しげに花を吐き続けるエースも、誰かのところへ行ってしまうエースも見ていたくなかった。
恋人どころか医者としても兄弟としても中途半端でしかいられないなんて、全くもって情けない話だ。
コップに残っている酒を一気に煽り机に突っ伏すとジジイがやれやれと溜息を吐いた。
悪気があるのかないのか、殊更いつも通りの軽い調子が勘にさわる。

「あの坊主の相手なんざ、てめェしかいるわけねェだろうが」

呆れたような、馬鹿にしたような声が紡いだ言葉。
その意味が本気で理解できず伏せていた顔を半端に上げてジジイを見やると、ジジイは「昔話をしてやろう」と言って皺だらけの顔をニヤリと歪めた。

「おれもな、罹ったことがあるんだ。花吐き病に」


***


当時相手とはもう付き合って随分たってたんだが、そいつがまあ懐の広いやつで、あんまり周りから愛されて平等に愛し返すもんだから不安になっちまったんだ。
そうしたらある日急に花吐き病に罹って、こりゃあもう駄目だと思ったよ。
やっぱりあいつはおれのことなんて好いてくれちゃいなかったんだってな。
完治の見込みもねェし、とにかく苦しい。
かといっておれはそのときまだ白ひげ海賊団唯一の船医だったから、それが急に船を降りるなんてとんでもない話だ。
結局身動きがとれずにうだうだしてるうち、相手に花吐き病のことがバレちまってなァ。
甲板で突然食ってかかられてみんなが見てる前で詰られて、

「そんで、殴られたんだ。『オメェ、おれ以外の誰に目ェ向けやがったこのアホンダラァ!』ってな。手加減なしだったもんだから普通に死にかけて、それでも死にぞこなって目が覚めて、しかたねェから本音で話し合ったらあっさり完治しやがった」
「…………その喋り方って……相手ってまさか」
「ああ。能力を使われたのはそのときが最初で最後だがあれ以来あいつの敵が不憫でならねェ」

特段隠しちゃいないんだがその様子じゃやっぱり気づいてなかったか、てめェはつくづく人の機微に疎いなと肩をすくめるジジイを唖然と見つめる。
ジジイが過去に花吐き病なんて繊細な病気を発症させていたことにもジジイの相手にも驚いたが、一番の驚愕は花吐き病があっさりと完治したという部分だ。
ジジイの話しを聞く限り花吐き病の発症条件である『片想い』というのは、真実がどうであるかではなく罹患者による主観が大きいように思える。
だとすれば周囲から見て両思いでも相手がいくら愛していても、罹患している当人がそれを受け入れられなければ病は発症するし治りもしない。
エースはどうなんだ?
エースはいつもそばかすの散る頬を赤らめておれを好きだと言ってくれていた。
おれのそばにいるときはいつも笑顔で、撫でると「子ども扱いするな」と言いながらも嬉しそうで、急患が出てデートの予定が潰れたときには少し寂しそうにしながら「しかたねェよな」と聞き分けよく引き下がって。

ーー本当に、エースは他の誰かを愛しているのか?

それしかないと思っていた。
あの花はおれ以外の誰かのものだと。
しかし、エースは、エースの花吐き病は、もしかして。