おれは医者だ。 オヤジの専属医師であるジジイからは未だに青二才呼ばわりされているし実際毎日学ぶことは尽きないが、それでもそんじょそこらの藪医者共には知識も腕も経験も負けやしないと自負している。 だからそんなおれに「咳したら出てきたんだ」と自身の吐き出した無数の花びらを見せたエースの判断は決して間違ったものではない。 しかし色鮮やかな花びらとそれを吐いたエースに対し、おれはいったいどんな反応を返せばいいのかわからなかった。 嘔吐中枢花被性疾患ーー通称花吐き病は強い好意を向けている片思いの相手を想うことで口から花を吐いてしまうという奇病である。 完治の方法は一つ、片思いの相手と心から結ばれること。 もしエースがただの弟であったなら、おれは医者として花吐き病の症状と完治するための方法、注意すべき点などを話したあと兄としてできる限りの協力を申し出ただろう。 しかし、エースはおれの恋人だ。 付き合っていて、身体の関係もある。 言ってしまうなら今いる場所だってベッドの上だし昨夜は当然お楽しみだった。 それが、花吐き病。 花吐き病の発症条件は『片思いを拗らせていること』だというのに、エースは、 おれの恋人は、 「……アルバ?」 浮気された、なんで、いやそもそもおれのことは本気じゃなかったのか、クソッタレ、伝えたら別れることになる、なんとかして誤魔化さなければ。 様々な考えが浮かんでは消える最中、エースが怪訝そうにおれの名前を呼んだ。 何か悪いことをしてしまったのかと考えているらしい不安げな表情に卑屈で卑怯な思考が一瞬で霧散する。 エースはきっと偶然捕まえた珍しい虫を親に自慢するような、そんな気分でおれに吐き出した花を見せたのだろう。 信頼されているのだ。 兄として、医者として、人間として。 ーー少なくとも、辛い片思いの拠り所に選ばれるくらいには。 「……エース、花吐き病って知ってるか」 「花吐き病?」 「そうだ。この花はな、お前の想いの欠片なんだよ」 エースの信頼を裏切ってはいけない。 そう決心して口を開いたおれの説明を聞きエースの顔がどんどん青ざめていく。 震える手のひらから零れ落ちた花びらだけが瑞々しく、場違いなまでに輝いていた。 |