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趣味であるぶん人より上手いとは思うが、強いかと聞かれればすぐに頷くのは難しい。
そんなおれがある日の朝、誰より早く本部へ出て『もし勝てたら付き合ってください』なんて勝手な言葉と『2六歩』の初手を書いたメモを大将赤犬の執務室の扉に挟んだのは、サカズキ大将も好んでよく指しているという将棋の挑戦であればあるいは少しくらい気をひくことができるのではと考えたからだ。
とはいえ十中八九無視されるだろうと思っていただけに、三日後の朝『8四歩』とだけ書かれたメモが同じように扉に挟まれるという方法で返ってきたときは天にも昇る心地だった。
別に盤上の遊びでなら大将に勝てるかもだなんて馬鹿な希望を抱いたわけではない。
ただ雲の上の存在であるサカズキ大将に同じ土俵に立ってもらえたという、それだけのことが、おれは何よりも嬉しかった。
三日から一週間、遠征があるときなどは一カ月ほどの間を開けてゆっくりと進むおれと大将の対局。
毎回書き添える他愛ない言葉に返答が来ることは滅多になかったが、他の大将との諍いでできたらしい怪我を心配する内容を送ったときには「大事ない」と返ってきたし、紅葉について書いたときには真っ赤なもみじが貼り付けてあったりもした。
局面は終始大将が一歩優勢だがしかしおれにも手がないわけではないという状態で拮抗し、年を跨いでも、一年が過ぎてもメモのやりとりは途切れず、他の人間に見つからないよう朝一番に執務室の扉を確認するため寝不足で目の下にすっかりと隈が居座ってしまったもののサカズキ大将の特別にでもなれたかのような毎日にうきうきと心が躍り愚かにもこのままずっと対局が続けばいいとすら願った。
しかし始めてしまった勝負はどういった形であれいつか必ず終わりを迎える。
130手を超えた頃、ついに詰みが見えたのだ。
大将がどれほど最善を尽くして指したとしてもあと十手以内に王手が決まる。
勝負は、おれの勝ちだった。
どこでどうなって優劣の流れが変わったのかわからないまま至った最終局面に、おれは今更のように最初のメモに添えた言葉を思い出して息を飲んだ。
勝てるなんて思っていなかったのだ。
数多いる部下のうちの一人などという、路傍の石のような認識もされない存在ではなく一対一で向き合う一人の人間として認めてもらいたいだけだった。
一手、また一手と近づく王手に終わりを意識するたび、自分の発した『勝てたら付き合ってください』という一方的な言葉が重く心にのし掛かる。
結局投了することなく徹底的に交戦したうえで王将を差し出したサカズキ大将に『ありがとうございました』という礼だけを書いたメモを返したおれは、そのまま大将との接触を断つことにした。
投了せず最後まで抗った大将の気持ちなど、聞くまでもない。

メモは匿名だったのだから万が一探されたって正体はバレないだろう。
そんなふうに安易に考えていたおれは失念していた。
武器庫や資料室などの海軍における重要施設の周りには監視用の電伝虫が死角なく設置されている。
それはもちろん、大将の執務室も。



「おどれェ…!自分から言い出したことを反故にしよる気か!!」

おれを執務室に呼びつけるなりそんな言葉を吐いた大将が最初からおれという相手を知った上で勝負に乗ってくれたということ。
勝てる勝負のはずがメモでのやりとりが終わってしまうのを勿体無く思って決着を引き延ばすうちに手詰まりになってしまったということ。
そもそも結果がどうであれ告白に対する答えは決まっていたということ。

全ては、何も知らないおれがバレバレのしらを切って大将を激怒させうず高く積まれた書類から何からがことごとく焼き尽くされたその後に発覚した愛おしき驚愕の事実である。