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「#幼馴染」のBL小説を読む
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砂浜へ続く道から聞こえてきた足音に暫く耳を澄ませ深呼吸を一つ。
ゆっくりと振り向いた先には想像通り、また会うことになるだろうと思っていた男がもう会うこともないと思っていたあの時を再現するかのように仁王立ちでじっとこちらを見据えていた。
相対した距離のままそれ以上近づいてこようとしないのは突然マリンフォードを出たことや電伝虫に出なかったことに対する無言の抗議なのだろう。
地獄に棲む鬼もかくやな険しい表情は相変わらず恐ろしいけれど、忙しい日々の中からおれに会うために時間を割きビブルカードを頼りにこんな辺境まで来て、そのうえでわざわざ『自分は怒っているんだ』とアピールしていると考えるとサカズキはやっぱり可愛らしい。
拗ねた子供のようなその態度に少しばかり意地の悪い気分になり、緩みそうになる顔を引き締めながら沈黙を貫く。
と、数秒してサカズキの表情が微かに動いた。
戸惑い、不安、不満、悲しみ。
徐々に変化していく瞳の色は言葉にするなら「なぜ何も言ってくれないのか」「歓迎されていないのでは」「時間をやると約束したくせに」「なんで」と言った具合だ。
目は口程に物を言うなんて言葉もあるが以前のサカズキの目はもっと無口だったはずである。
おれの翻訳機能が高性能になったのかサカズキに感情を隠す気がなくなったのか。
わかりやすいのはいいことだが、こうも感情が筒抜けだといじめづらくて困ってしまう。

「いらっしゃいサカズキ、待ってたぞ」

おいで、と小さく手で招くと悲壮な雰囲気を漂わせていたサカズキがキュッと唇を引き結んで海軍帽のつばを下げた後、わざとらしいほどにゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
いや、実際わざとなのだろう。
取り繕ってはいるもののその足取りは無理やり押さえつけているかのようにぎこちなく、今にも駆け寄りたくてうずうずしているのが丸わかりだ。
ゆっくりゆっくり、しかし歓迎を表して開いた腕の中まで一直線に歩み寄ってきたサカズキを抱き込み宥めるように背中を叩く。
暫くそうしているうちに記憶にある通りの分厚くて硬い身体がひくりと動いて、それからまた暫く、サカズキがようやっと口を開いた。

「……さっきの、あの間ァはなんですか」
「いやなに、お前がすぐ近寄ってこないもんだから、ついな」
「あんたが勝手におらんようになるけェ怒っちょったんじゃ」
「そうかァ……ごめんなサカズキ、でもおれはどうも好きな奴ほどいじめたくなるタイプらしくてな」

冗談とも真実ともつかない言葉に硬直したサカズキから帽子を奪い、以前と同じようにわしわし頭を撫でる。
散髪したばかりなのか、硬い髪質の短毛が転げるように手のひらを刺激して心地いい。
ニヤリと笑って再度「ごめんな」と謝ると日の光に晒された瞳が緩んで「もうええです」と呆れ混じりの許しが返ってくる。
穏やかで温かい空気。
ふと、ぐしゃぐしゃになったまま部屋に置きっぱなしになっているニコ・ロビンの手配書が脳裏をよぎった。

あの手配書を見たとき、思い浮かんだのは非業の死を遂げたであろう多くの人々ではなくそれを為したであろうサカズキの姿だった。
数カ月前ロビンの故郷をそこで暮らしていた民間人もろとも地図から消し去ったであろう男は、あの日おれに縋って泣き、いま腕の中で揉みくちゃにされて静かに喜んでいるサカズキはあまりにも普通の人間なのに、おれの選択が、弱さが、泣いて怒って喜ぶサカズキという普通の人間を修羅の道から連れ戻す最後の機会を叩き潰したのだ。
修羅の道を一人歩み続けることによりサカズキの人間性はサカズキ自身の苛烈さでもって殺されてしまうのだろう。
海賊を殺し、民間人を殺し、海兵を殺し、自分を殺し、そうしておれの知る『大将赤犬』が出来上がる。
『赤犬』になったサカズキは今度こそおれのことなど気にかけなくなるに違いない。
拗ねたり満足げにすり寄ってくることもなくただただ悪を屠るだけのそれは最早人間と呼べはしない。
正義を騙る憎悪のマグマで出来た、人型の赤い化物だ。

「……あんまりだよなァ」
「アルバさん?」

撫でる手を止めたおれを不思議そうに見つめるサカズキに、やっぱりあんまりだと苦笑を漏らす。
捨てたくせに、逃げたくせに。
他がどうなったとしてもサカズキだけは失いたくないなんて、本当にどうしようもない、あんまりなはなしである。