「お前すごいなァ!能力者ってのは聞いてたが、あんなに強いとは思わなかったよ!」 新兵同士で行われた模擬戦が終わり、背後からかけられた声にボルサリーノはひょいと眉をあげた。 この声は、同期のアルバだ。 頭でそう確信するのにいまいち自身の耳を信じきれないまま振り返ると、そこには予想通りの男が予想以上の至近距離に立っていた。 良く通る声をしていて、いつも楽しそうに笑っているから何かと目につく存在。 ボルサリーノ自身は日に何度もアルバのことを見ているにも関わらず目があったことはついぞなかったからそういうものだと思っていたというのに、今その視線が、笑顔が、言葉が自分に向けられているのがなんだかとても不思議だ。 アルバが普段行動を共にしている友人らしき人影が随分と遠いところにあるのを確認して、もしかしたら自分に話しかけるためにわざわざ移動してきたのだろうかと目を瞬かせる。 心臓を羽か何かで擽られているような落ちつかない感覚から無意識に胸に手をやり、すぐに我に返って「オォ〜」といつもの調子で声をあげた。 「きみもすごかったよォ〜。あんな大きな剣を、こう、軽ーく振り回して」 「え、見てくれてたのか!」 思った通りを口にしただけのなんの面白みもない、ともすれば社交辞令だと切り捨てられそうな褒め言葉だというのに『ボルサリーノが試合を見ていた』という部分に対してあまりに大げさに喜ぶものだから、意味などあるはずもない行為がまるで特別な行いであるかのように感じてしまいギクリ、と動揺する。 模擬戦は訓練の一環なのだから、戦力の把握や分析といった意味で他者の観戦をするのは当然のことだ。 大体試合を見るのが特別だと言うのなら、アルバだってこちらを見ていたんじゃないか。 まさかそこに何かしらの想いがあったわけでもあるまいに、期待させるような態度をとるものじゃない。 「ボルサリーノ、どうした?」 「え、ああ、なんでもないよォ」 表に出せるはずもない思考を試合で疲れてるからぼーっとしててねェ〜、と誤魔化そうとするとアルバが眉尻を下げて頭を掻いた。 やってしまった、そう思っていることが見て取れるアルバの表情の変化にボルサリーノは慌てて口を噤んだが、もう遅い。 やってしまったのは間違いなくボルサリーノの方だ。 「その、悪いな。疲れてるのに付き合わせちまって。よく無神経だとか鈍いとか言われて、気を付けるようにはしてるんだが」 アルバが少し項垂れて、一歩後ろへ下がった。 ボルサリーノが疲れていると言えば人のいいアルバがどう考えるかなんてわかりきっていたのにどうしてあんな馬鹿みたいな言い訳をしてしまったのか。 それでは早く切りあげて部屋に戻りたいと言っているようなものだ。 どうしよう、このままではアルバが帰ってしまう。 でもこの流れで話を続けるなんて不自然すぎるし、変な奴だと思われたくはない。 なにか上手く引き留める方法はないかと必死に考えるボルサリーノだったが何も思いつくことができないままアルバが「じゃあゆっくり休めよ」なんて離れていこうとするものだから。 瞬間、頭が真っ白になって。 「ボルサリーノ?」 「……あ、」 とっさに掴んだアルバの手と自身の手の温度差で、この数分に満たない会話中いかに緊張していたのかを思い知りボルサリーノは息を呑んだ。 でも、だって、ずっと見ているしかなかった相手に突然話しかけられたら普通、緊張くらいするだろう。 いや別に故意に見ていたわけじゃないし話したいと思っていたわけでもないけれど、せっかくアルバと二人きりの……ちがう、普段交友のない同期の海兵と話すチャンスなのに、それをふいにするなんてそんな。 自分自身に「なんでもないことなのだ」と言い聞かせては喉を詰まらせ、怪訝そうなアルバに半ばやけくそになって口を開く。 「……疲れたし、腹も減ったねェ〜。立ち話もなんだから、よかったら食堂で話さないかァ〜い?」 もし、時間があればなんだけどもねェ。 殊更軽く告げたセリフが握る手の強さとあまりにも釣り合っていなかったからだろう。 幾度かボルサリーノの手と顔を交互に見たアルバはしばらくして思い切り噴き出した。 「ぶっ……ふ、は、あっはははは!!」 「……そんなに笑われるとさすがのわっしも傷つくよォ」 「す、すまん、ふ、ボルサリーノがそんなに一生懸命に誘ってくれるとは思わなくて」 まだ笑いを抑えきれていないアルバが「口説かれてるみたいだ」と掴まれているのとは逆の手を添えてくるせいでせっかく耐えていたというのに顔が真っ赤になってしまった。 ニット帽を引き下げて目元を隠すボルサリーノの機嫌を取るように手をとったままゆっくり歩き出すアルバの声が先ほどより格段に甘さを増している気がするのは願望のせいなのだろうか。 サングラスが落ちちまうだろうと呆れたように言われても、今はアルバの顔を直視できそうにない。 「ボルサリーノは確か……キラキラの実の能力者、だったか?」 「惜しいねェ、わっしが食べたのはピカピカの実だよォ〜」 「いや、ピカピカっていうよりキラキラだろう。今だってほら、キラキラしてる」 「……これは、好きで光ってるわけじゃないけどねェ」 食堂に向かう道すがらの他愛無い会話に殺されそうだ。 そうなのかと首を傾げるアルバに、お前のがよっぽどキラキラして見えると伝えてやったらどんな反応が返ってくるのだろう。 想像でしかありえなかった内容を実行に移せてしまうこの現実が、とてつもなく恐ろしい。 |