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最初可愛くないやつだと倦厭していたボルサリーノという後輩は、自分の感情を表現したり何かを求めたりする方法が酷く分かりづらく屈折していた。
能力を使わずに気配を消して気づかれないようひっそり傍に寄ってくるのは目立たなくても自分の存在に注意を払って欲しいから。
でかい体を無理やり折り曲げて覗き込んでくる因縁をつけているかのような仕草はおれの目に映りたいと思うから。
「アルバせんぱァい」というわざとらしい神経に障る呼び方すらボルサリーノなりの必死な甘えの表現なのだと気づいたときにはあまりの不器用さに呆然としたものだ。
とはいえ一度気づいてしまえば後は俗に言う手のかかる子ほど可愛いというやつで、ボルサリーノが傍に寄ってきてニヤニヤと顔を覗き込み「アルバせんぱァい」と喧嘩でも売っているのかと疑いたくなるほどの猫なで声でおれを呼んできたときには両手で頭をわし掴み力一杯わしゃわしゃと撫でくり回してやるのが通例となっていた。
初めのうちはきょとりとして、けれど二度三度と繰り返すうちにおれに絡めば甘やかしてもらえると理解したらしくキラキラと目を輝かせながら寄ってくるようになったボルサリーノはやっぱりわかり辛くて可愛らしい。
しかし可愛いと思うのと同時にいい加減にどうにかしなければならないとも思う。
将校にまでなった人間をいつまでもこんなふうに扱い続けるわけにはいかないし、なによりこの関係はおれにとってあまりにも不毛だ。

「なあボルサリーノ、もうおれのところへ来るのはやめないか」
「……それについちゃァ、前にはっきり嫌だと断ったはずですがねェ〜」

いつも通り音も影も光もなく死角からひょっこりと現れたボルサリーノが口を開いて一番に告げたセリフに眉を顰めた。
その表情はいつになくはっきりとわかるほど不快げで、仕事を頑張りました、頑張ってます、明日も頑張りますと報告してすごいなさすがだ頑張れよとわしゃわしゃ撫でくりまわされるだけの時間がそこまで大切か考え苦笑が漏れる。
おれにとっては大切だが、ボルサリーノにとってこの時間がそこまで重要だとはどうしても思えない。

「大体アルバ先輩が外聞がどうのって言うから二人きりのときにしか甘えてないんですよォ〜?ちゃァんとルールは守ってるんだから問題ないでしょうがァ」
「そうだな。おかげでおれは部下から一人でいるときは大抵お前といちゃついてると思われてるよ」

初めて頭を撫でたときみたいにきょとりとしたボルサリーノはやはり仕事の合間に己の能力を駆使してまでおれに会いにくるその姿が周囲からどんなふうに見られているのか気づいていなかったのだろう。
先輩とはいえ階級も実力も劣る男の元へ足繁く通っていては、事実でなくとも特別な関係があると言っているようなものだ。

「お前、おれと噂になってるぞ」

おれはいいけどお前は嫌だろうと逃げるように視線をそらすと、それでもまだよくわかっていない様子のボルサリーノが「つまりどういうことで…?」と尋ねてきた。
なんて察しの悪い。
おれだってこんなこと出来ることなら言いたくはないのに、まるで自殺を強要されている気分だ。

「おれと、お前が、付き合ってるって噂が流れてる。おれはボルサリーノのことが好きだから構わないが、お前は男と噂になるなんてそんなのごめんだろう?」

ひとつひとつ言い聞かせるようなおれの話しに今度は理解が追いつかず目を見開いて固まってしまったボルサリーノに、もう一旦帰って一人で意味を考えさせたほうがいいんじゃないかと思っていると写真のフラッシュでも焚かれたようにカッと目の前が白く染まった。
そこまで強い光ではなかったものの、突然の刺激に網膜が痛む。

「……驚かせて悪かったな」
「え、や、こっちこそォ……それで、その……わっしと先輩が付き合って、て?先輩が、わっしを?」
「好きだ」

この際だときっぱり告白を決めたおれに再度カッと発光したボルサリーノがえええええ、と言葉にならない声を漏らす。
純粋に慕っていた相手、それも同性から告白されれば、そりゃあそうなるだろう。

「そ、りゃァ……わっしとしては、ごめんどころか願ってもない…というか、ですねェ〜?」
「は?なんだって?」
「だから……ああもう察しが悪ィ人だなァ〜…!」

そわそわイライラした様子でお前に言われたくないんだがという特大ブーメランなセリフを吐いたボルサリーノが「好きな相手でもなきゃわざわざ仕事の合間に足繁く通うわけがないでしょうがァ…!」と言い捨てて光って消えた。
呆然としたまま固まってしまったおれがボルサリーノに告白を受け逃げされたと気づいて焦るのは数分後のことである。