「今朝……ある女が寄越してきた物だ」 クロコダイルが椅子で足を組みながらいかにも高価そうな酒瓶を投げ渡してそう告げると、見る間にアルバの顔が強張った。 ーーあなたを差し置いて受け取るわけにはいかないもの。 いけ好かない薄ら笑いを浮かべた女の言葉を思い出しながら、なるほど、とくつくつ喉を鳴らす。 ニコ・ロビンとアルバ、どちらをより信用しているかといえば答えは簡単だ。 クロコダイルはどちらのことも等しく信用していない。 だからこそロビンから「アルバに酒を貰った」と聞かされたとき、クロコダイルは両者を公平に疑った。 ロビンが嘘をついている可能性と、真実アルバがロビンに酒を贈った可能性。 両方を考慮してすぐに処分することは避けてやったというのに、アルバはどうやらこの酒に見覚えがあるらしい。 アルバはクロコダイルの恋人だ。 クロコダイルに恋愛感情がなかろうと、アルバがクロコダイルに告白し、クロコダイルがそれを、気まぐれとはいえ受け入れた時点で関係は成立している。 にも関わらずアルバはロビンに酒を贈った。 それこそ気まぐれでは片付けられないような高級酒を、である。 浮気だなんだと騒ぐつもりはない。 アルバの気持ちがクロコダイルから離れようが、いっそ消えてなくなろうがそんなものはどうでもいい。 まったく、これっぽっちも気にしていない。 だがしかし裏切りは裏切りだ。 アルバはクロコダイルをコケにした。 だから殺す。 極めてシンプルなそれだけが、これから起きる惨劇の事実なのだ。 「言い訳があるなら聞いてやろう」 正しく聞くだけになるだろうが、と言外に含ませて目を眇めると酒瓶を受け取った態勢のまま硬直していたアルバの眦がじわりと色づいた。 精悍な顔立ちのアルバが恥じらう様はさぞ女ウケがいいことだろう。 もっとも今ここで死ぬ以上他者の評価など最早なんの意味もないのだが。 「それは…あー…あの、な」 「なんだ」 「昨日は、ちょっと、拗ねてたっつーか、ついカッとなって……すまん、クロコダイル。大人げなかった。オールサンデーには後で礼を言わないと、」 「……おい、なんの話しをしてやがる」 苛々と鍵爪で机をたたくクロコダイルをものともせず一人で和やかな空気を出していたアルバが、こちらへ近づいてくるなり「はい」とクロコダイルに酒を差し出してきた。 「誕生日プレゼント。昨日渡そうとしたんだけど、朝一で誕生日おめでとうって言ったらお前、くだらねェこと言ってる暇があったらさっさと報告しろとか言うし…なんか一人で盛り上がってたのが馬鹿みたいだとか思っちまって、オールサンデーに会ったときに飲むなり捨てるなりしてくれって頼んだんだ。でも、お前がつれないのなんていつものことなんだから無理矢理にでも祝うべきだったって頭が冷えたあとずっと後悔してた……ごめん」 「……誕、生日」 呆然としたクロコダイルの手に酒の瓶が握らされる。 クロコダイルがその右手でアルバの命を枯らそうとしていたことに気づいていないのか、触れ方はいつも通り気安く、優しい。 しかし「瓶底にメッセージ書いてたからクロコダイル宛だってバレたんだろうな」と照れたように笑うアルバにつられて瓶底に目を凝らしたクロコダイルは、次の瞬間未だかつてないほどの戦慄を覚えた。 『生涯の恋人、クロコダイルへ』 そんな、出だしからして頭が沸いているとしか思えない小っ恥ずかしい言葉の群れ。 あなたを差し置いて受け取るわけにはいかないもの。 クロコダイルとアルバの関係を知らないはずなのにそう言って酒瓶を差し出したロビンの、妙に生温い薄ら笑いの意味。 二つが重なって頭の中が真っ白になる。 『ハッピーバースデー、サー 痴話喧嘩に巻き込まないでちょうだい』 想像を肯定するように書き加えられた筆跡の違うメッセージに、アルバを殺すという絶対的な考えすら抜け落ちたままクロコダイルは髪をかき乱して絶望した。 |