遠目に視線が合った瞬間勢いよく左右に振られはじめるサカズキ大将の尻尾、と同時にぎゅうっと顰められた厳しい顔。 いつも通りの正反対な反応に、おれは曖昧な笑みを浮かべて敬礼を返した。 幻覚を発症してからそろそろ一年。 おれだけに見えるサカズキ大将の犬尻尾は今日も元気におれの目を楽しませてくれている。 大将の尻尾とおれの関係は今も変わりなく良好だ。 目があえばパタパタ、話しかければびゅんびゅんと鞭のように振られるしなやかな尻尾は、普通の犬であれば懐ききっていると評しても過言ではないだろう。 しかしサカズキ大将自身はというと、そうではない。 この一年、尻尾の感情表現が顕著になればなるほど大将の表情は硬くなり、最近ではおれを避けるような行動をとることも増えてきた。 嫌われているんだと、思う。 それをはっきりと認めることができないのは一重のあの尻尾の存在ゆえだ。 おれが近づけば喜び、離れようとすると力を失くして垂れ下がる。 所詮幻覚だから期待はしないと思っていても長い間見続けていれば情もわく――というのはただの言い訳で、本音はもっと単純である。 おれは、よりにもよってあのサカズキ大将に惚れてしまったのだ。 好きな人に嫌われたくないのは自然の摂理だろう。 「……一回ちゃんと大将と話すべきだよなァ」 ふいっと逸らされた視線にため息が漏れる。 どことなく暗い雰囲気の中、大将の尻尾だけが変わらずびゅんびゅんと空を切っていた。 |