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「ーーそれで今夜仕事が終ったら月見酒しようって話になってるんです。アルバさんも一緒にどうですか?」
「いや、悪いが遠慮しとく。月見のときは恋人が一段と可愛いもんでな。月を見るのは恋人と二人でって決めてるんだ」
「そうですかー、恋人が……恋人!?」

アルバさん恋人いたんですかそんなまさかいつの間に。
通りすがりざま水を一杯飲んで行こうと立ち寄った休憩室の前で耳に入って来た部下たちの会話にじわりと全身に汗が滲みるのを感じ、ボルサリーノはゆっくり息を吐いて数秒ほど歯を食い締めた。
アルバめ、と恨みがましく呟きながら手でぱたぱたと頬を扇いで火照りを冷ます。
名前こそ出していないとはいえ、よくもまああんな馬鹿馬鹿しい惚気を世間話よろしく気軽に口にできるものだ。
そんな気障な男だとは思わなかったというぼやきはアルバの惚気を嬉しく感じてしまっている時点でそれこそ惚気になってしまうとわかっているため胸にしまうしかないのだが、それにしてもキャラが違い過ぎるだろう。
ボルサリーノの知る『友人』のアルバはどこか捉えどころがなくたまにおかしな言動をとることはあったものの色物の多い海軍においては比較的常識人といえる部類の人間であり、少なくとも息をするかの如く気障ったらしいセリフを吐くようなプレイボーイではなかったはずだ。
それなのに、あの一件以来『恋人』になったアルバは歯の浮くような甘いセリフを気負うことなく堂々と口にする恐ろしい男に変貌してしまった。
まるでボルサリーノを赤面あるいは発光させるのが自身に課せられた使命だとでも言うようなたらしっぷりに揶揄われているのではと思っていたのだが、自分のいないところでもこの調子ということはそういうわけではないのだろう。
もしやこの歳にまでなってボルサリーノという恋人ができたことに浮かれているのか。
ーーだとしたら少し、かわいらしい、かもしれない。
そんなことを考えてしまってまた体温が一、二度高くなったような感覚に躍起になって頬を扇いでいると、突然開いた扉から出てきたわからず海兵が「ひぎゃっ」と素っ頓狂な声をあげた。
目の前に上官がいると思っていなかったのだろうがそれにしたって失礼なことである。

「ききき黄猿殿!?なんっ、た、大将がどうしてこちらに!?」
「オー、噛み噛みだねェ〜…通りがかったついでに水を貰おうと思っただけだから気にすんなよォ〜」

水と聞いて「お注ぎします!」と振り返ったときには既に水の入ったコップを差し出すアルバがいて、ボルサリーノより階級が低く親しみがあるとはいえこちらもまた上官である男に雑務をさせてしまったことに気づいた若い海兵は絶望したといわんばかりの表情でがくりと膝をついた。
気にした様子もないアルバを見るに普段から一々リアクションが大きい男なのだろう。

「ほら、水だ。少し顔が赤いな……大丈夫か?」
「……まあ、心配されるようなこたァねェよォ〜」

さらりと頬を撫でてくるアルバに反応してしまわないよう努めて冷静を装って水を受け取る。
関係を隠す必要はないがひけらかす必要もないし、何よりあんな話をしているのを聞いてしまった後だ。
アルバの『恋人』の正体がボルサリーノだとバレれば気まずくなるのは必至。
もしかしたら羞恥によりついうっかり口封じしてしまいたくなる可能性もないわけではないので、前途ある若者のためにもアルバとの関係はできる限り知られないようにしなければ。

「今夜は月がピンク色になるらしいけど、体調が悪いようなら月見はやめといたほうがいいかもな」
「心配しなくても大丈夫だって言ってるだろォ、ちょっと暑かっただけだからさァ〜」
「そうか?なら今日は苺の果実酒でも買って帰るか」

ピンクの月はストロベリームーンって言うんだそうだ、と笑うアルバにへえと感心しながら水を飲んでいると足元から「大将と月見?……あっ」と何かを察したような声が聞こえてきて、何を察せられたか察した瞬間ボルサリーノは若い海兵の絶叫とともに閃光となってその場から姿を消した。


月見のときは恋人が一段と可愛い。
月を見るのは恋人と二人で。

「ああ、もうっ!絶対バレたじゃねェかアルバのやつ〜〜!」

なんてことを言ってくれたんだと憤ってみたってピンク色の甘ったるい酒片手に月見なのに月を見ずに笑うアルバを前にすればろくに文句も言えなくなるのは目に見えている。
だって、嬉しいのだ。
惚気られて。
惚気たいと思ってもらえて。
そして嬉しいからこそ、いつも涼しい顔でボルサリーノを翻弄してくるアルバには腹がたつ。

「くそ、もう……わっしばっかりィ……!」

握りしめたまま持ってきてしまった空のコップを八つ当たり気味に叩き割ったボルサリーノの頬はもはや誤魔化しようがないほど赤く色づいてしまっていた。