「アルバはもう行ったぞ」 会話が終わったことも足音が遠ざかったこともわかっているはずなのに待てど暮らせど姿を現さない。 痺れを切らせていつまでそこにいるつもりだと階段裏に向かって声を投げかければ、ようよう出てきたジャブラは予想通りというかなんというか。 「見事に真っ赤じゃのう」 「う、」 うるせェ、と言いかけて裏返った声を慌てて飲み込んだジャブラに脱力感がこみ上げる。 幸せになってほしいのだと語ったアルバは常日頃の頭の弱そうなところがなりを潜めたかわりに年相応の落ちつきや穏やかさを纏っていて そんな気など欠片もないカクですら一瞬どきりとしたというのに、一途に想う相手がこれだというだけで本当に馬鹿馬鹿しく感じるから不思議だ。 「聞いての通り、一緒にいた女とはなんでもないしアルバはジャブラを好いとる。距離を置いたのもお前さんのためを思ってじゃ。めでたしめでたしじゃな」 「ま、いや、待ておかしいだ狼牙!好きだの恋だの、男同士だぞ!?つーかカク、お前、なんでもっと驚かねェんだ!」 なんでもなにも、アルバがジャブラに惚れているのは見ていればわかることだし、ジャブラを避ける理由だって想像していたので概ね正解。 むしろなぜそこまで驚けるのかということに驚きを感じる。 以前からどうにも、ジャブラはアルバの好意を親愛や家族愛のようなものだと思っている節があったがカクからすれば恋愛感情以外の何であるのかと思うほどアルバの態度はあからさまだった。 ジャブラはよくアルバのことを「犬っころ」と表現していたけれどカクの知るかぎりアルバは今目の前で茹でダコになっている狼よりよほど狼らしい男だ。 アルバがジャブラの前でだけいい子ぶっていたというのも原因の一端かもしれないが、それにしたって鈍感過ぎる。 毎度毎度顔を見るなり寄ってきてべたべたされれば気づくだろう、普通。 「まあ、わしのことはどうでもええじゃろ。借りは充分返したはずじゃ。あとは好きなようにせい」 呆れて黙り込んだカクを不審そうに見るジャブラにこれ以上は口出しするべきでないししたくもないと匙を投げた。 アルバの気持ちを知ってこれから先、突き放すも追い縋るも知らないふりをするもそれはすべてジャブラの自由だ。 ただアルバがジャブラを構わなくなったこの数日の様子を見るに、アルバの信じるジャブラの幸せを本人が望むとは到底思えないが。 「……おい、カク」 まだ理解が追いついていないらしいジャブラが「これだけは」といったようにカクを真正面から見据えた。 もう話すことはないだろう。 ということは、殊勝にも感謝する気になったか。 「なんじゃ、礼なら」 「最後に言ってた男っていうのは……その、お前、やっぱりアルバに惚れて」 どうせ借りを返すための行動だ。 礼なら必要ない、と言いかけたカクはどこか焦ったような表情のジャブラに指銃を放ちながら心底思った。 こいつらお似合いだ、と。 |