まずは落ちついておれとローの間柄について考えよう。 クルーと船長、以上。 短すぎるが本当にこれだけなのは間違いない。 ただその関係のうえでおれがローに向けている感情となると一言で終わるものではないのもまた確かだ。 圧倒的強者である死の外科医に対して乗船当時抱いていた憧れやら畏怖やらは若干天然気味で子供っぽいトラファルガー・ローという個人を認識するにつれ薄れていった。 そのかわりに時折甘えたような仕草を見せるローに母性本能を擽られ、今じゃどこでどう拗らせたのか庇護欲と独占欲と性欲が混じった……いわゆる恋愛感情を抱いている。 ローは恐らく、おれのことを年上の安心できる人間として兄もしくは親のように慕ってくれているのだろう。 そんな相手に劣情を催すとかマジでクソだ。 自分の気持ちを自覚して以来一カ月、そう考えて断腸の思いで距離を置き耐えてきた、のだが。 おれの頭を抱えてすやすやと眠るローに色々と我慢の限界がきそうでマズい、本気でマズい。 近頃新しく本を入手したわけでもないのに自室にこもりがちなローの様子を不審に思い部屋を訪ね、そこで眠っているローを見つけて、つい出来心で近づいた。 途端発動した能力で首を切られてそのまま抱え込まれたわけですがこの船長どう考えても寝ぼけてるなんかむにゃむにゃ口動かしててめっちゃ可愛いどうしよう。 「ロー、放してくれ……おーい船長ー」 寝息が耳元に当たって非常にくすぐったい、というかむらむらする。 はやいところ撤退しないとおれの理性がぷっつりいきかねない。 起こしたらごめんと心の中で謝りながら少々強引に自分の頭を奪い返す。 と、びくりと身体を跳ねさせたローがぼんやりと瞼を開き、まだ接着していないおれの頭に焦点を合わせると目を見開いて寝起きとは思えない素早さで手を伸ばしてきた。 「ッかえせ!」 「え、ちょ、ロー!?」 奪われないようとっさに頭を高い位置にあげるとそれを追ってローが飛びついてくる。 身体の感覚に合わない視界と激突の勢いに耐えきれず押し倒されるようにして床に転んだ。 「アルバ、アルバ!やめろ、かえせ!それは、おれのだ!かえせ!」 「違うぞ!?」 未だ夢現な状態らしくなぜか必死におれの頭の所有権を主張するローに思わず叫び返した。 クルーとして命を捧げる覚悟ならあるがおれの頭はおれものだ。 おれの言葉は至極真っ当なものなのに、それを聞いた瞬間ローはくしゃりと顔を歪ませた。 信じていたものに手酷い拒絶を受けたというような、今にも泣き出しそうな表情。 罪悪感が半端ない。 とりあえず頭と体をひっつけて体勢を立て直し、軽いキスを額や頬、目元に落としていく。 恋愛感情に気付いたときから疾しさで控えるようになったそれは、なかなか睡眠を取ろうとしないローを寝かしつけるときに行っていた親愛行動だ。 心なしか以前より濃くなっている気がする隈を親指でなぞるとギリギリのところで留まっていた涙がついに雫になって流れ落ちた。 「夢で、くらい……どうせ夢だ、夢、なんだから、おれを……おれを、見て、」 はなれないで。 ぽたぽたと涙をこぼすローに思わず言葉を失う。 うわごとの様な話の内容から察するにローが泣いた理由は、おれ、なのだろう。 おれが自分の気持ちにばかり気をとられていたせいで、ローを不安がらせてしまったのだ。 申し訳なさや遣る瀬無さ、そして誤魔化しようのない薄暗い喜び。 放っておくとどんどん大きくなって暴れ出しそうになる感情をねじ伏せ、ただ包み込むように抱擁するとローはくたりと身体を預けて再び寝息をたて始めた。 おれに縋って俺の腕の中で眠るこの生き物が愛おしい。 だがそれだけに、とんだ生き地獄だ。 |