いくつもの偶然が重なって手に入れた悪魔の実をそうとは知らず観光にいった先の島でおやつがわりに食べてしまったのが運の尽き。 ネコネコの実というゾオン系の能力を制御できず人語すら話せない完全な猫に身を堕としたおれは宿の主人に部屋を追い出され野良猫の縄張り争いに巻き込まれ、あっという間にボロボロのガリガリになっていった。 新参のなまっちょろい猫もどきにはゴミ箱を漁る権利すらないというのだから酷い話だ。 温暖な春島だったからなんとか水と地面を這う小さな虫で一週間生き延びることができたが、あれが冬島だったら三日も保たなかったに違いない。 そんな過酷なサバイバル生活から脱することができたのはひとえに真っ白な鳩、ハットリのおかげだった。 あばら家の軒先に転がっていた自分と同じ色の猫をいたく気に入ったらしいハットリは飼い主であるルッチにおれを保護するよう訴えてくれただけでなく、風呂に入れられたせいで能力が強制解除され最悪のタイミングで人間の姿に戻ったときなど即処分しようとしてきたルッチの前に颯爽と立ち塞がり羽を広げて威嚇までしてくれたのだ。 格好良すぎる。 もう絶対に足を向けて眠れない。 そんなハットリの献身もあり、現在のおれは『ルッチの許可なく人の姿に戻らないこと』を条件にエニエスロビーでの生活を許されている。 CP9の存在を知ってしまった以上外に出すことは出来ない、力も技能も権力もない人間にできる仕事などここにはない、役に立たない人間を養ってやる義理はないというないない尽くしの流れから「猫になってペットとして生きるか人間として今ここで死ぬか選べ」と言われたときには軽く絶望したものの一度開き直ってしまえば案外悪くない生活だ。 ルッチ以外にはただの猫だと思われているのをいいことにフクロウの口の中をのぞき込んでみたりブルーノの背中に爪を立ててみたり眠っているジャブラを踏みつけて走り回ってみたりカクの鼻っ柱に猫パンチをくらわせてみたりクマドリの髪にじゃれついてみたりカリファの着せ替え人形になってみたり。 人間だったら許されないことを堂々とできるのは可愛い猫の特権だと思う。 それに暗殺だのなんだのという物騒なことを生業としているCP9だけでなくエニエスロビーにいる人間はみんな癒しに飢えているのか基本おれに優しい。 特に長官であるスパンダムは少し擦り寄るだけでデレデレして美味い茶菓子をわけてくれたり膝に乗っけてブラッシングしてくれたりするので一等のお気に入りだ。 仕事ができなかろうと性格がクズかろうと、おれにとってはおれという猫をいい感じに甘やかしてくれる人間こそ至上である。 だから今日もいつも通りスパンダムの執務机の上にだらしなく寝そべり書類をさばく合間に撫でられてはごろごろ喉鳴らしてたのだがまさかそのタイミングでルッチが任務から帰ってくるとは。 無防備に腹を撫でられているおれを見た瞬間ルッチから漏れ出た殺気は本当にヤバかった。 なんかもう、スパンダムの肌が土気色プラス青色で酷いことになっていた。 「あ、これ修羅場」と思ったおれの感性は多分間違っていないだろう。 なにせこの豹人間、普段は淡々としていておれに見向きもしないくせに変なところで独占欲が強い。 特におれがスパンダムを気に入っていることを知ってからはまるっきり浮気者扱いだ。 まったくもって面倒な男である。 「あのさァ、ルッチ。何回も言ってるけど撫でられて喉鳴らすのは媚びてるとかじゃなくて猫の宿命だからね」 お前だってそうだろう、と顎の下を撫でさすると足の間に寝そべっているレオパルド姿のルッチが不機嫌かつ不本意そうにぐるぐると喉を鳴らした。 ちなみにスパンダムから回収されたあと自身の数十倍はあろうかという豹にザラついた舌で念入りにグルーミングされ全身の毛がくたくたになってしまったおれは数カ月ぶりに人間の姿に戻っている。 正直猫であることに慣れ過ぎて違和感しかないのだが、機嫌を損ねたルッチはおれがこうして甘やかしてやるまで周囲に延々じりじりした殺気を撒き続けるのだから仕方ない。 「……お前は人間だろうが」 「ルッチがおれを猫にしたんじゃないか」 「おれが人間だと言ったときは人間だ」 人間に戻るなり自分勝手なことを言ったかと思うとおれにのしかかってガブリと唇に噛みついてくるルッチ。 猫になれと言ったり人間になれと言ったり、ネコ科の主人は我儘が多くて困りものだ。 |