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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

雇い主であるレディ・クロコダイルの機嫌がすこぶる悪い。
原因はわかっている。
クロコダイルが毎朝チェックを欠かさない新聞の占い欄だ。
頭がきれて尊大、更には極度の人間不信というアドバイザー泣かせな要素の塊にもかかわらずクロコダイルはなぜか間々大衆向けのチープな占いに行動を左右される。
いや、むしろ人を信じられないからこそ占いが心の拠り所になっているのか。
とにかくクロコダイルに悪い内容の占いが掲載されたときには如何に迅速にツキを回復させるというアイテムを用意できるかがスケジュール管理の鍵になってくるため秘書兼使用人であるおれは毎朝彼女と同じ新聞の占いに目を通しては服のコーディネートを考えたり朝食の内容を変更したりと忙しく動き回っているのだが、今回ばかりは占い欄の末尾に目を向けた瞬間頭を抱えてしまった。
クロコダイルの今日の運勢はここ数年で最悪。
そして、運気向上のラッキーパーソンは――『恋人』。
そういう相手がいるのなら問題はないのだが少なくともおれの知る限り麗しのレディ・クロコダイルに男の影は存在しない。
というか新聞を運んだあとで彼女の私室から聞こえてきた「いないわよ!!」というヒステリック叫び声からして、つまり、そういうことなのだろう。

「クロコダイルさま、七武海の会議に向かう船ですが」
「キャンセルしてちょうだい」
「かしこまりました」

でしょうね、と言いそうになるのを飲み込んでカリカリした様子を隠すことなくサラダにフォークを突きたてるクロコダイルに頭を下げる。
この調子だと今日はもう仕事になるまい。
まあ、丁度いい機会だろう。
自由を愛する海賊の親玉のような存在のくせにこの女傑は普段から根を詰め過ぎなのだ。
たまのサプライズの休暇くらい割り切ってゆっくり羽を伸ばすべきである。
とはいえ、当のクロコダイルは占い結果のせいですっかり塞ぎ込んでしまっている。
このままラッキーパーソンである『恋人』を用意できなければ羽を伸ばすどころか普段以上に神経を尖らせながら今日一日を過ごすことになるのは予想に易い。
たった一人で起こるかどうかもわからない凶事に身構え精神を疲弊させるクロコダイル。
その光景を脳裏に思い浮かべるとたまらない気持ちになった。
己の無力さを歯痒く感じるのはこれまでどんなときでもクロコダイルが占いをより安心して受け入れられるようサポートしてきたという自負の裏返しだろうか。
いまいちピンとこない。
しかしクロコダイルをこのままにしてはおけないという、庇護欲に近い感覚が自分の中にあるということだけは間違いなく真実だ。

「……クロコダイルさま」
「今度はなに」
「私と付き合いませんか」
「…………………、は?」

虚をつかれてぽかんとしているクロコダイルに「私を、恋人にしていただけませんか」と言葉を重ねる。
自分で言うのもなんだが容姿に関してはそこそこの自信があった。
年下の男というものが女性にとってどう映るのかはわからないが、背だって女性にしては大柄なクロコダイルと釣り合う高さだし、なによりこの件に関して事情をきちんと理解しているのはおれだけだ。
クロコダイルの好みを度外視するならば一日限りの恋人としてはこれ以上ないほどの適任者である。

「……いったい、なんのつもり?」

数秒間硬直していたクロコダイルがゆっくりと息を吐きながら低い声でそう問いかけてきた。
フォークを皿に置く小さな音が耳に響く。
自由になったクロコダイルの右手に捕まればおれの命は砂となって消えるだろう。
恐ろしい能力だと思う。
けれどこの程度の脅しにはもう慣れっこだ。
それだけ長い間、おれは彼女の側にいた。

「貴女が快適に行動できるよう環境を整えるのが私の仕事ですので」

見極めるように目を眇めたクロコダイルから発せられるプレッシャーにも動じず飄々と言ってのけるとグラスに入った水を服にひっかけられた。
生かすか殺すかでしか判断しないクロコダイルにしては珍しい、ぬる過ぎる仕置きだ。

「仕事熱心なのはいいことだけど口説き文句としては最低ね。お前が独り身でいる理由がよくわかったわ」
「それは、失礼を」

厭味ったらしく笑うクロコダイルに寄越されたナプキンでぽたぽたと滴る水を拭う。
自分も独り身のくせに酷い言いぐさだと思ったが、それよりクロコダイルが口説かれたかったとでもいうようなニュアンスのセリフを口にしたことに驚き、胸が熱くなった。
朝イチに占いを見るためとはいえ私室で新聞を待つクロコダイルは毎朝寝起きのあられもない格好でおれを出迎える。
そこまで男として意識されていないおれなんかに口説かれてもいい気はしないだろうと思っていたのに。

「……汚名返上の機会として、もう一つ理由を聞いていただけるとありがたいのですが」
「くはは!わざわざ恥をかきたいのかしら?いいわよ、言ってみなさいな」

愉快そうに足を組み替えたクロコダイルに「それでは」と新聞を手渡す。
自身に該当する占い欄を指差し「こういうわけです」と微笑みかけた直後、じわりと色づいた耳におれは明るい未来を確信した。



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