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知りたくもなかったことだが猫の爪というのは存外鋭くできているものらしい。
掌にぷくりと盛り上がった赤い粒が徐々にその量を増し、ついに一本の線を描いて手首へ伝い落ちる様に舌打ちを漏らす。
バラしたまま放置してもいいところをわざわざ元に戻してやったというのに本当に可愛げのない猫だ。
あんなのを可愛いというアルバの単純さにはほとほと呆れてしまう。
大体甘え上手なんて言ったってニャーニャー鳴いて擦り寄ってただけだろうが。
あんなもの誰にでもできる。
できるはずだ。
そのくらい、おれだって。

そんなふうにぐるぐると考えながら乱暴に止血した傷口を押さえて船に戻ると、夕焼けに照らされた甲板にアルバがいた。
ペンギンが回収してくっつけたのだろう首と胴体はきちんと繋がり、柵に寄りかかってすやすやと寝息を立てている。
すっかり熟睡しているらしく傍に屈みこんでも起きる様子のないアルバをまじまじ見つめているうちに胸に湧いてきたのは喜びとも苛立ちともいえない複雑な感情だ。
普段なら中で他のクルー達と雑談に興じている時間にここにいるということは、つまりおれが帰ってくるのを待っていてくれたのだろう。
アルバが帰りを待っていてくれたことは素直に嬉しい。
しかし、もしアルバに少しでもおれを甘やかしたいと、甘えてほしいという欲があるのなら、おれが帰るまでしっかり起きて待っているべきではないのか。
「どこに行ってたんですか心配したんですよ」と怒って、多少無理やりにでも抱き寄せてキスをして、そうすればおれだって『心配させた自分に非があるから』という態で大人しく甘えてやることができるのに。
威嚇されたら諦めるだの無理やり触ったら可哀想だの、アルバは馬鹿だ。
大馬鹿だ。
平和な寝顔にイライラして舌打ちをすると、アルバがむにゃりと口を動かして薄らと目を開けた。
しかしそれは不完全な覚醒だったらしく、瞼が半分も上がらないままこちらを捉えた瞳はまだ夢でもみているようにぼんやりとしている。

「…………ねこ、」

は?と疑問の声をあげる前にアルバの手が伸ばされて、おさまりの悪い髪を撫でつけた。
その優しい手つきで思い出すのは当然昼の出来事だ。
光の差し込む路地裏で楽しげに黒猫と戯れていたアルバ。
まさか、おれをあの猫と間違えてやがるのか。
このおれを。
あの可愛げのない黒猫と。
そんな馬鹿な寝ぼけかたがあるかと心の中で憤慨していると、撫でても反応がないことを不思議に思ったのかアルバが「あれ?」と言って手を止めた。
手を、止めてしまった。

「――にゃあ」

馬鹿な。

考える前に口を突いて出た鳴き真似に愕然とするも、アルバはそれに気づくことなく「あー…ねこ、ねこだよなァ、うん、かわいーなァ、ねこ」とぶつぶつ呟いて撫でるのを再開している。
優しい手つきと、欲しかった言葉。

本当に馬鹿じゃないのか、こいつ。
そんなことを考えながら、また手が止まってしまわないよう「にゃあ」と小さく鳴いて擦り寄るおれのほうがずっと馬鹿に違いないけれど。