消毒を終えたアルバの頭を通路にいたペンギンに押し付け一人船の外へ出た。 「待ってください」という叫び声に振り向くこともしなかった自分を客観的に思い返し、そういうところが、と眉を寄せる。 頭に響くのはあのときのアルバの言葉だ。 ――お前は甘え上手で可愛いなァ それを聞いた瞬間、あまりの衝撃にしばらく息を忘れてしまった。 人懐っこい猫に対するただの褒め言葉だとは思えない、意味深で比較対象の存在を臭わせるセリフ。 お前は、可愛い。 なら可愛くないのは誰だ。 腕の中で大人しく撫でられることも戯れのような軽いキスを受け入れることもできない、甘え下手で可愛気のないやつは。 気にし過ぎだと笑い飛ばすには自覚があり過ぎた。 なにせアルバがおれを「可愛い」と評したことは一度もない。 船長とクルーという立場もあってかアルバからの賛辞は大抵が「格好いい」とか「頼りになる」とか可愛いとは真逆のものばかりだ。 抱かれている身として思うところはあったが、それでもアルバが惚れたのはそういう自分なのだからと気にしないようにしていた。 むしろイメージを壊してアルバに幻滅されるのが怖くて、恋人らしく甘えたいという気持ちはできる限り抑えて表に出さないようにした。 それなのに。 ――いい子だ……かわいい、愛してるよ まるで恋人を相手にしているような蕩けた顔を、恋人であるはずのおれは見たことがなかった。 あんな甘い声だって初めて聞いた。 アルバの言葉が頭をぐるぐる回るたび焦燥が強くなる。 アルバ。 おれは、本当に愛されているのか? 疑念に胸を苛まれて黙々と歩いているうちに気づけば目的地へと到着していた。 潮風の抜ける路地裏。 真上に上がった太陽に照らされ先程より幾分明るく感じるその場所に荒れた毛並の黒猫が一匹地面に腹をつけて寝そべっていた。 リラックスしているといえば聞こえはいいが、その態度はどう贔屓目に見たって横柄でふてぶてしい。 体つきも愛玩用の家猫と違ってがっちりしているし目つきに至っては喧嘩を売っているのかと思うほどだ。 見れば見るほど可愛くない。 こんな猫のどこがいいんだとアルバの感性に内心で悪態をつき、濡れたタオルを片手に真っ直ぐ近づくと悠々と寛いでいた猫が急にピクリと反応して警戒態勢をとりはじめた。 アルバには自分から擦り寄ってたくせに、こいつ。 「"ROOM"」 八つ当たりだとわかっているがこの猫にアルバの痕跡が僅かでも残っているのはどうしても許しがたい。 不穏な気配を察知して駆けだした猫に向け一閃を放ち、パニックになってもがく猫をさらに細かくばらして一つ一つ念入りにパーツを拭きとっていく。 反撃が不可能な状態になってなお媚びることなく牙を剥いて威嚇し続ける猫はやっぱり全然可愛くなかった。 |