早々に用を済ませたらしいクザンに「ちょっと様子見てきてよ」と言われて今日二度目となるボルサリーノの執務室へ足を踏み入れた。 途端飛びこんできたのは黒々とした猫耳に覇気を纏ったナイフを当て今まさに切りとらんとしているボルサリーノの姿。 目ん玉飛び出たわ何やってんだこいつ! 「ボルサリーノ落ち着け!とりあえず落ち着け!」 「アルバよりは落ち着いてるよォ〜」 「落ち着いてねぇから!わざわざ覇気まで使って自傷しようとするとか絶対正気じゃねェ!」 おれの絶叫を鼻で笑ったボルサリーノが「普通に斬るんじゃ再生するんだからしょうがねェだろォ」と事も無げに尻尾を引きちぎる。 べしゃりと床に投げ捨てられた長い尻尾はすぐに光の粒子になってボルサリーノの尻に戻っていった。 ロギアなら当然の現象が適応される以上あの猫耳と尻尾は間違いなくボルサリーノの身体の一部ということ。 正しい位置に収まると同時に不機嫌を主張しだしたそれには神経だってきちんと通っているんだろう。 検査した医者によれば害はないという話なのに、わざわざ痛い思いをしてまで排除しようとするなんてボルサリーノは猫耳尻尾に一体なんの恨みがあるんだ。 「嫌なことがあったならおれが聞いてやるから自棄になるなって!ほら、話してみ?」 「オー……アルバに人の話を聞く耳があるなんて知らなかったねェ」 「茶化すな馬鹿!」 大きく息を吐いて冷静になったつもりでいるボルサリーノは気づいていないんだろうが、いつも通りの嫌味とは裏腹に耳も尻尾もしょんぼりと力を失ってしまっていて強がりが見え見えである。 そんな姿を見せられては心配になって当然だろう。 おどけたように首を竦めるボルサリーノに近づいてナイフを取り上げ、刃が当てられていた猫耳に傷がないか確認する。 普通の猫より大きいぶん肉厚な耳を指で揉むように撫でると擽ったいのかボルサリーノの垂れ目がサングラスの奥できゅうっと細まった。 「ん、怪我はないみたいだな。ったく、耳も尻尾も悪いもんじゃないんだろ?自分の身体粗末に扱ってんじゃねェよ」 「別に、わっしがどうなったってアルバには関係ないだろォ〜」 クザンやサカズキならともかく、と付け加えられた小さな声に目が丸くなる。 自分以外の大将どもを引き合いに出したのもそうだが苛立ったようにパタンと揺れる尻尾が不思議でならない。 なんだそれ。 そんなの、まるで二人に嫉妬でもしてるみたいじゃないか。 「……なんでおれがクザンとサカズキを気に掛けると思うんだ?」 「猫が好きなんだろォ?」 「おう!大好きだぞ!」 「なら、わっしみたいな普通の黒猫はともかく珍しいのやら綺麗なのやらは気に掛かるんじゃねェかと思っただけだよォ」 二人に会ったときも気色悪いくらい褒めてたしねェ、と至極どうでもよさそうに吐き捨てたボルサリーノの後ろでパタン、パタン、と尻尾が揺れる。 怒っているというには弱々しい尻尾の動き方はまさしく『拗ねている』状態に違いない。 あのボルサリーノが。 出会って云十年、おれにだけは何があっても弱味も甘えも見せなかったあのボルサリーノが。 自分だけ褒められなかったことを、拗ねて。 「――――かわいい」 これが自分の出した声かと疑いたくなるほど真剣で静かな声にボルサリーノの尻尾がボッと膨らんだ。 おいおい、いまの完全に冗談のトーンじゃねェぞ。 いやいや、驚くことに冗談じゃないんだよこれが。 マジか。 マジだよ。 気づいてしまった衝撃的事実。 「おれ、ボルサリーノが好きだ!」 勢いで両手を掴むとカチンコチンに固まっているボルサリーノの耳と尻尾がビリビリと震えた。 |