「おい……逃げない、から、いい加減に」 いい加減に離れろ。 文脈からしておそらくそう続くんだろうが船長のカラカラに乾いた唇からはいつまでたっても最後の一言が出てこなかった。 言えないのか、言いたくないのか。 個人的な願望を込めて後者だと断言してしまいたいところだが、当の船長は先程からおれの視線を避けるように顔を俯けており刀の柄を握りしめている手は力の入れ過ぎで真っ白になっている。 カタカタと震えているその手がおれに縋ってくれる気配は残念ながら微塵もない。 耳は真っ赤なままだしさっきの態度からも嫌われているわけじゃないのはわかるんだけど、この頑なさはいったいどこから来るんだろう。 「おれにこうされるの、嫌ですか?」 体勢を保ったままそう問いかけた瞬間船長の肩がビクリと跳ね、せっかく血色のよくなっていた顔が見る間に青ざめていった。 その反応を見てハッとする。 これもしかして船長、本当にスキンシップ嫌がってるんじゃないか? やり方がまずかったせいで悪い結果になってしまったが根本的な考え方自体は間違ってなかったんじゃ。 きっとそうだ。 おれ自身のことは好いてくれてるから今まで嫌なスキンシップを我慢してくれていた。 それなのに今回おれが突然べたべたしなくなって嫌われたと思い不安になった。 そういう流れからの今であればこの反応も説明がつく。 おそらくスキンシップを拒否したらまたおれが船を降りるだなんだ言い出すと思ってハッキリ口にできないのだろう。 自業自得ではあるものの相変わらずの信用のなさに落ち込むしかない。 「あの、すみません。無理強いするつもりはないんで気にしないでください」 「ッい、やじゃねェ。別に……大丈夫だ」 ああ、嘘だな。 いつものポーカーフェイスはもうボロボロでおれですら一目で無理をしているのがわかるほどなのに『大丈夫』だなんて、こんなに分かりやすい嘘はない。 やっぱりおれに触られるのは嫌だったのか。 ペンギンの話を聞いてまた船長といちゃいちゃできると思い込んでたもんだからちょっとショックだ。 苦笑しながら身体を引くと船長が小さく呻き声を漏らして泣きそうな顔をした。 死の外科医なんてえげつない悪名からは想像もできない、庇護欲と加虐心を同時にかきたてる弱々しい顔。 以前の関係では決して見ることの出来なかった表情に理性で押さえつけていた欲望が爆発しそうになる。 いままで散々傷つけたぶん船長のペースに合わせようって決めているのに、こんな調子でこの先大丈夫だろうか。 「……好きですよ、船長。本当に、心の底から」 蒼白な頬に触れるか触れないかという位置に手を置くとおれの反応を窺うようにおずおずと首を傾けてくる船長。 生殺しってこういう状況を言うんだろうなァ。 幸せって、つらい。 |