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「クロコダイルさん、野球拳って知ってる?」

最近になってようやくまともな紅茶を淹れられるようになった頭の緩いガキがどこかワクワクしたような顔つきでそう聞いてきた。
ヤキュウケン、という単語に聞き覚えはないがおそらくは部屋に入るなりコートを受け取ろうとしてきた行動に関連しているのだろう。
となるとカードで勝って女の服を脱がせていくような品のないゲームが近いのかもしれない。
そんな予想を立てつつ「知るか」と短い単語で突き放すと、ガキは気に留めた様子もなく自慢げに内容を説明してきた。
ジャンケンで負けた方が一枚ずつ服を脱いでいく、なるほど、思った通りの馬鹿げた遊びだ。

「なァやろうよ野球拳。おれクラスで一番強いんだぜ!」

クロコダイルを知る人間が聞けば卒倒しかねない発言に、今更ながらこの世界の反吐が出そうなほどの平和を実感する。
いや、平和なのはこのガキのスカスカな脳みそか。
人懐っこい愛玩犬が主人に触れあいを強請るような無邪気さは世界云々ではなく本人の資質であるような気がしないでもない。

「やりたいなら女とやりゃァいいだろう」
「えっ、ななななにいってんだよ女子と野球拳とかフケンゼンだろクロコダイルさんのスケベ!」
「……あァ?」

男とやる方がよっぽど不健全じゃねェか、と考えすぐに納得した。
同性を性的な目で見るという発想がないからこそのこの反応。
なるほど、それはそれはとてもケンゼンなようでなによりだ。
親に臭いでバレるからと吸うことを禁じられた葉巻の煙にかわって深く息を吐き、真っ赤に染まったガキの顔を一瞥する。
少し拗ねた表情のなかの、クロコダイルに勝てるという希望に満ちた瞳が気に食わなかった。
ならば、と唇の端を持ち上げたクロコダイルに瞳が一段と輝きを増す。
本人が望んでいるのだ。
自分を強者だと驕ったガキの鼻っ柱をへし折るのも悪くはないだろう。


*****


「絶対おかしい、絶ッ対なんかしてる!」
「喚くな。この結果はイカサマでもなんでもねェ……ただの動体視力の差だ」

当然のように五回の勝負で余裕の連続勝利をおさめた後、相子になることすらないストレート負けによって上半身裸となりキャンキャン騒いでいたガキはさらりと告げられたタネに目を見開いて押し黙った。
如何にクロコダイルといえどジャンケンなどという単純な、それも突発的に仕掛けられた勝負にイカサマなどしようがないのだ。
圧倒的な身体能力の差が引き起こしたこの事態はガキ大将が過信から海軍大将に無謀な勝負を仕掛けて抵抗すら許されずぼろ負けしたのと何ら変わりがない。
つまり、すべてガキの自業自得である。

「……じゃあこれからジャンケンするときクロコダイルさんはおれの顔だけ見てて」
「ほう、少しは頭を使ったようだな。まあ装飾品の数を考えりゃァおれがシャツを脱ぐ前にてめェは間違いなく全裸だろうが」
「装飾品って指輪とかってこと!?なにそれ大人げねェ!」
「クハハハハ!相手を見誤るとこうなる、いい教訓になったろう」

笑いながら顔を見つめ、適当に手を繰り出す。
まずは一敗、本人の宣言通り勝負勘はそれなりに鋭いのかもしれない。

「指輪、外すの手伝おうか?」

鍵爪と右手を見比べて決まり悪そうに申し出てきたガキに「ガキの助けなんざいらねェよ」と鼻で笑って返す。
身体のハンデを意識させるような遊びを持ちかけたことに対し殊勝にも罪悪感を抱いたようだが、クロコダイルはスナスナの実の能力者だ。
砂になって通り抜ければ装飾品の付け外しなど容易いことなのである。
感嘆の声に気を良くしながら二度三度とジャンケンを続ける。
ズボンまで失いパンツ一丁で粘るガキに対して四つの指輪を外した自分。
ここまできたら身ぐるみを剥いでやりたいがそろそろ潮時か。
そう思いながら重なった負けにアスコットタイを解くと、ガキの視線が胸元に刺さるのがわかった。

「…………う、わ」
「……なんだ」
「あ、いや、なんでもない!」

微かにではあるものの頬を染めてぶんぶん手を振るガキに誤魔化されるほど無知でも鈍感でもない、が、さっきの今その健全さを確認したところでまさかだろうと眉間に指を置く。
その仕草でクロコダイルが機微を察したことを理解したらしいガキがヤケクソになって外したばかりのアスコットタイを大きく開いた胸元に押し付けてきた。

「オトナの色気がヤバいから野球拳終わり!クロコダイルさんは人前で脱いじゃダメだ!痴女に襲われる!」
「……意味のわからねェことを抜かすなマセガキ」

人前で無防備に服を脱ぐことなどそうそうあるかと口にしかけて現状を思い出す。
受け取ったアスコットタイを結びなおしながら小さな頭に落とした鍵爪の音が、部屋の中に大きく響いた。