今年も長い一日だった。 真っ暗になった空を眺め、朝にはからっぽだったはずが今や菓子が溢れそうになっている袋とそれに比例するようにしぼんだコートのポケットに息を吐く。 大所帯の白ひげ海賊団、そのなかでも中堅に位置するおれにとってハロウィンとは戦いのようなものだ。 兄であり弟であり親しいものも多く隊長のように気兼ねする存在でもないとなると廊下を歩くだけで大変なことになる。 いちいちイタズラを受けていると身が持たないため去年から普段は着ないポケットが沢山ついたコートにできる限り飴を詰めて移動するようになったのだが、そのおかげで一層声をかけてくる奴が増えたと感じるのはおそらく気のせいではない。 なにせ歩く飴袋だ。 声をかけるだけで飴をもらえるなら強請らない方がおかしいだろう。 まあおれも持ってそうな奴からは全力で奪いに行っているので愚痴を言える立場ではないが。 「はァ……」 「なに溜息なんかついてんだよい」 一日の疲労を全部海に捨ててやろうと二度目の深い溜息をついたとき後ろから耳に馴染んだ、しかしおれに向けてという点においては非常に珍しい人物の声が聞こえてきた。 振り向いた先には想像通りの気だるげな顔。 立場はもとより隊も戦闘スタイルも家族になった時期も違う何の接点もないこの男が声をかけてくるなんて、珍しいこともあったもんだ。 「……なんだ、随分疲れてるみたいだな」 「いや、疲れっていうか、マルコ隊長とサシで話すことって今まであんまりなかったなァと思ってぼんやりしてました」 すみませんと素直に謝ると少し所在なさげに視線をずらしたマルコ隊長が「隣、いいか」と尋ねてきた。 気まぐれに声をかけてきただけじゃなくこの場に留まっておれと話すつもりなのか。 本当に珍しいな。 「そういや一番隊の奴らがマルコ隊長にイタズラするってなんか企んでたみたいですけど、結局なんだったんです?あれ」 「さァな、おれは空に逃げてたからわからねェよい」 「わー不死鳥ずりィ」 「お前だって逃げようと思えばいくらだって逃げられただろ」 「おれが逃げたら飴に飢えた家族が泣いちゃうんで」 「なんだよい、そりゃあ」 何年も船にいてほぼ初めてのマルコ隊長との会話らしい会話は思ったより何倍も軽やかで淀みなく言葉が続いていく。 ああ、なんだろうなこれは。 なんかちょっと嬉しいかもしれない。 「そういえば、サッチがアルバにはイタズラできねェって言ってたよい」 「はは、サッチ隊長のイタズラにかける執念には感服しますけどおれだってそう簡単にやられやしませんよ」 今年はコートを脱いでいるときを狙ったらしくシャワー中に突撃してきたが、そういうこともあろうかと桶に入れて飴を持ちこんでいたため事無きをえた。 サッチ隊長に捕まると晩飯が酷いことになるのでおれも必死である。 美味い料理を作る人間がわざと間違った方向に努力した創作料理などできることなら一生食べたくはない。 来年はどのタイミングでくるのかと予測をたてて笑っているとマルコ隊長の雰囲気が少し変わった。 何かを決意したような瞳に、あの不死鳥の蒼い炎が揺れているように見える。 「へェ……でも、今だったらどうだ?」 「え?」 「油断大敵、まだハロウィンは終わってねェだろうがよい」 トリックオアトリート、と不敵に口角を上げるマルコ隊長は、男のくせに無駄におれ好みで色っぽい。 不覚にも弾む鼓動を叱咤し戦利品の袋から適当な菓子を渡そうとすると「横流しは認めねェよい」と釘を刺された。 そんな自分ルールありか。 慌ててポケットを探るがあれだけ用意していた飴はいつの間にやらすべて配り終えていたようだ。 なんてタイミングの悪い。 「ないみたいだな」 「部屋に戻ればまだあるはずなんですけど」 「戻らせると思うか?」 「思わないですねェ」 お手柔らかにお願いします、と告げた瞬間そっと掠めるように唇を奪われる。 驚いた。 確かになんとなくそういう雰囲気ではあったが、数年来視線を感じるばかりで話しかけてすら来なかったマルコ隊長がいきなりこんな大胆な行動に出るとは。 「……なんか言えよい」 自分からキスしておいて恥ずかしいのか、暗闇の中でもわかるほどに顔を赤くしているマルコ隊長をまじまじと見る。 嫌悪感はなかった。 むしろもっとしたいと思った。 あと、今のマルコ隊長はとてもかわいい。 「ええと、このキスはただのイタズラだと思ったほうがいいんですかね?」 「アルバがそう思うならそうなんじゃねェか」 このままイタズラで済ませるということは、遠回しに告白を断るのと同義だ。 なんでもないふりでどうとるかはお前次第だと主張するマルコ隊長の声は喉が引き攣っているように震えていてまったく説得力がない。 断ったら泣くのだろうか。 さっき瞳に見えた蒼い炎が涙に溶けて零れたらさぞ美しいんだろうが、あまり見たいとは思えなかった。 「……じゃあ、とりあえず今回のはイタズラってことにしときます」 じっと見つめたままそう呟くと一瞬で血色が悪くなった顔にじわじわと諦めの色が広がっていった。 変なところで切ったせいで勘違いさせてしまったようだ。 冗談抜きで泣き出しそうなマルコ隊長に、急いで言葉を付け加える。 「だから、今度はイタズラじゃなくて本気でお願いします」 「…………こん、ど?」 「はいどうぞ」 ぽかんとしたマルコ隊長に顔を近づけると、しばらくしてようやく意味を理解したらしい。 おれの意に反してぼろぼろと泣きだしたマルコ隊長からのキスはしょっぱくて、とても甘かった。 |