恥ずかしいから中を見るのはおれが出て行ったあとで、というアルバの要求に従い一人になった自室で手渡された包みを開ける。 出てきたのは長方形のオーソドックスな栞と一冊の本、そして折り畳まれたメッセージカード。 "誕生日おめでとうございます。本に夢中になっておれのこと忘れないでくださいね。" カードを開いた先にある少し右肩上がりなアルバの字を読んでいると無意識に眉が寄るのがわかった。 馬鹿馬鹿しい。 誰が、誰を忘れるっていうんだ。 おれは本を読んでいようが何をしていようがお前を忘れられるときなんて一瞬たりとも存在しないのに、誰が。 文字に集中している間にもちらちらと視界に入ってくる淡いクリーム色の栞に思わず手の中のメッセージカードを握りつぶしたくなる。 アルバから貰ったアルバがおれのために書いてくれた手紙、少しの傷だってつけたくはない。 けれど。 「……おれは、忘れたいのに」 金色の模様で縁どられた栞の中央、枯れて本来の色を失った花弁が先日出航したばかりの春島での光景を思い起こさせる。 鮮やかな花々に囲まれて微笑む花屋の少女と少し照れくさそうに笑うアルバ。 まるで物語のワンシーンを切り取ったような二人の姿が恐ろしくて足早にその場を去ることしかできず、帰ってきてもアルバの口から出てくるのは少女から聞いた花のことばかりで。 おかげでおれは離島のときまで読みたい本があるからと嘘をついてずっと部屋にこもりきることになってしまった。 嫉妬に狂って醜態を晒せばアルバにどう思われるかわからない。 そうして上陸の際預けられたままだった右腕だけを頼りにアルバ自身を避け続け、島を離れた今ようやく全て忘れられると思ったのに。 生花だけじゃなくて押し花とかドライフラワーなんかも売ってるそうですよ。 アルバの楽しそうに弾んだ声が頭の中で再生される。 やっぱり女のほうがいいんじゃないのか。 おれみたいな自分でも嫌になるくらい面倒な男、本当は、アルバだって。 どんどんと悪い方へ流されていく思考に小さくかぶりを振り栞をテーブルの端に追いやって本を手に取った。 植物図鑑であるらしいそれはやはりあの花屋の少女を思い起こさせる。 こんな誕生日プレゼントなら貰わない方がマシだ。 げんなりした気分でぱらぱらとページをめくっていると、そんなおれの行動を見越したようにページの隙間から小さな紙片が滑り落ちた。 「"ちゃんと読んで"……あの野郎」 メッセージカードより雑な筆跡の走り書きに意図せず声が漏れる。 命令されるのは嫌いだ。 だがこうして先回りしてメッセージを残せるくらいにはおれのことを理解してくれているのだと思うと冷たく固まった心に少しだけ温もりが戻ったのも確かで、なんだかとても複雑な心境だった。 ……まァ、植物図鑑と言っても学者が作った専門的なものではないようだし、全部読むにしてもそう時間はかからないだろう。 なんとなく言い訳をするようにそう考えて姿勢を正すとメモにあった通り最初から順に目を通しはじめる。 内容は案の定子供に読ませるような単純なもので、季節の花々の生態や逸話などが軽く説明されているだけ。 なぜこれをおれに贈ろうと決めたのか疑問に思っていると、あるページに引かれた赤いラインに目を奪われた。 「花言葉……枯れた、白薔薇?」 指でなぞる文字の羅列に幾度か瞬きをして先程自分が隅へやった栞に視線を移す。 薄い部分はほとんど茶色に染まっているが、花弁の根元は確かに白い。 枯れた白薔薇。 図鑑に引かれた赤いライン。 その花言葉は ――"生涯を誓う" 「………………馬鹿馬鹿しい」 殆ど感情のこもっていない声で、殆ど吐き捨てるようにそう呟く。 馬鹿馬鹿しい。 本当に馬鹿馬鹿しい。 なんだそれは、そんな、こんなもんでおれが喜ぶと思ってんのか。 これをおれに贈るために花屋に行ってたのか。 渡す相手がいると知らしめた上であの少女と笑っていたのか。 栞を指先でつまみ、じっと見ていると裏面に小さく"for Law"と書かれているのが見えた。 ゆっくりと丁寧に書いたのだろうに、相変わらず斜めに歪んでいるアルバの字。 なんだ、なんだクソ、こんな。 ぼつ、と音をたてて本に落ちた水滴のせいで赤いラインが滲んだ。 苦しい。 悲しくなんてないはずなのに涙が止まらない。 なんだこれ。 「アルバ……アルバ、」 アルバ、助けてくれ。 おれはまだ死にたくない。 |