「おー、本当だ。これはでかいなァ」 楽しげに空を仰ぐアルバを横目で見る自分は今きっと最高に詰まらなさそうな顔をしていることだろう。 今日は月が大きく見えるらしいなんて話題出すんじゃなかったと少し唇を尖らせて手の中の酒杯を弄ぶ。 二人して早々に仕事を切り上げ自宅の縁側で月見と洒落こんだはいいものの、アルバの視線が月に奪われてしまうことがこうも面白くないとは思いもしなかった。 月に嫉妬するなんて馬鹿馬鹿しいとわかってはいる。 けれどアルバも、もうちょっとくらい気を使ってくれていいんじゃないかと不平がましい気持ちが湧いてくるのを抑えられない。 月よりもボルサリーノの方が綺麗だと、月なんか一生見えなくてもいいと言ったくせに。 あのときみたいに光ってみせたらこちらに目を向けてくれるのだろうかと自棄気味に考えていると突然アルバに手を握られドキリと心臓が跳ねる。 月に照らされたアルバの横顔はいつもより柔らかく見えて、妙な気恥ずかしさに鼓動が速まるのを感じた。 「おれの故郷にな、愛してるを別の言葉に言い換えるとどうなるかって話があるんだ」 「別の言葉……そりゃあ、好きだとか慕ってるとかそういうことかい?」 そう問うとアルバは月を見たまま首を振った。 まだそう飲んでいないはずなのに酒が回っているのか、握られた手が熱い。 「月が綺麗ですね」 ぽつりと呟かれたアルバの台詞に思わず息を飲む。 ロマンチックだとかそんなことを思うよりも先に、忘れたくとも忘れられない件の悪夢が脳裏をよぎった。 動かない身体、失われていく体温。 これが気持ちを伝えられる最後の機会だと悟りつつ拒絶されるが恐ろしくて、ただただ「月が綺麗なんだ」と訴えていた、あの不思議な夢。 なんということだ。 アルバの故郷でそれが愛の言葉なら、自分は夢とはいえ無意識のうちに盛大な告白を繰り返していたということか。 「おれはやっぱり月よりお前の方が綺麗だと思うけどボルサリーノと一緒にいるときの月はいつもより格段に綺麗に見えるから、まァ先人の言うこともあながち間違いじゃ……ボルサリーノ?」 やっとアルバがこちらを向いたというのに目を合わせることができない。 伝えようのない羞恥と何の臆面もなく気障ったらしいことを言ってのけるアルバのせいで握られた手の隙間から光が漏れだしてしまっている。 ぼんやりと光りながら微かに震える手を見てアルバが笑う気配がした。 「ボルサリーノ」 名前を呼ばれると同時、光る指先に唇が触れる。 自身の光を反射するアルバの瞳が間違いようもなく情欲にぎらついているのに気が付き、ボルサリーノはわずかに逡巡したあとゆっくりと瞼を閉じた。 どうせ月しか見る者はいないのだ。 未だにちかちかと光り続ける手で酒を追いやり重ねられたアルバの唇を味わう。 人生に幾度かしか見られない名月よりボルサリーノとの一瞬を求めるアルバが堪らなく愛おしい。 「ん……アルバ、」 「なんだ?」 「いや……ふふ、なんでもないよォ〜」 きっと月はこの瞬間も美しく輝いているんだろう。 残念ながらもう、互いのことしか目に映らないけれど。 |