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「…………あァ?」
「えーと、気に入らない?」

クロコダイルの視線の先にあるのは深緑色の一人がけのソファ。
あまりインテリアにこだわりのないおれの部屋で若干浮き気味なそれはクロコダイルの誕生日プレゼントとして先日購入したものだ。
いつもベッドに腰掛けているせいで足を持て余し気味なクロコダイルにちょうどいいと選んだものの、夏休みの終わりにこちらへ持ち込まれたティーセットからして相当高価なものに囲まれて生活してるであろうクロコダイルが安物のソファを貰ってくれるかという不安は拭えなかった。
それでも予算や時間の関係上今更別のモノを用意するわけにもいかず、そわそわしながらいつも通りクローゼットからやってきたクロコダイルを部屋に迎え入れたのだが……予想以上にリアクションが悪い。
厳しい表情で腕組みをして肘のあたりを指でトントン叩いているクロコダイルの不機嫌な様子にへにゃりと眉が垂れる。
そんなおれの情けない顔を見て、クロコダイルが溜息を吐いた。

「おれは稼ぎもねェガキに施しを受ける趣味はないと伝えたはずだ」
「……そう言われたから夏休みにバイトして、自分で稼いだ金で買った」
「馬鹿が、働いて手に入れた金なら余計自分の欲しいモノのために使え」

だから、と言いかけた唇を噛みしめて言葉を飲み込む。
反論したって無駄だ。
おれの贈ったソファに座っておれの淹れた紅茶を飲むクロコダイルが見たかったんだと言ったところでクロコダイルには通じないし、まして喜んでもくれないだろう。
初めてのバイトは想像していたよりずっとキツかったし、そのおかげで宿題に追われる羽目になったがクロコダイルに贈るプレゼントを買うためだと思えば苦ではなかった。
クロコダイルが素直に嬉しがるとは思わないけれど、ガキが用意したならこんなもんだろう、なんて言いながらあくどい笑みを浮かべてくれればそれでよかった。
しかしクロコダイルはいま、おれの予想に反してソファのデザインや質の悪さ云々ではなくプレゼントを用意したこと自体を責めている。
それはつまりおれに誕生日を祝われたくなかったということ。
祝福の気持ちを否定された悔しさと、この部屋に居場所をつくることを拒否されたような寂しさが入り混じってじわりと目が熱くなる。
こんなことで泣きそうになるなんて涙腺弱すぎるだろ、おれ。

「ごめん……あの、おれ、紅茶淹れてくる……!」

プレゼントを突っぱねられたとはいえクロコダイルの誕生日を台無しにするようなまねはしたくないのに慌てて退室を告げた声すらなんだか妙に硬いものになってしまった。
「ちょっと待ってて」と続けた言葉じりが引き攣った喉のせいで裏返る。
瞬きをしただけで零れそうになる涙に最早態度を取り繕うことも忘れて部屋から出ていこうとするおれの背に向けクロコダイルが舌打ちしたのが聞こえた。

ドスン

わざとらしいほどの衝撃音にゆっくり振り返ると、視界に飛び込んできたのは大きめのソファに浅く腰掛けたクロコダイルの姿。
予想外のことに目を見開くと限界まで溜まっていた涙がぽろりと頬を転げ落ちる。

「クロコダイル、さん?」
「なんだ」
「なんだ、って……なんで座ってんの」
「おれのソファなんだから当然だろうが」

当然、なのか?
クロコダイルはプレゼントを受け取らないものだと思っていたからイマイチよくわからない。
クロコダイルの言葉に頭がついていかずその場で立ち尽くしていると、おれが泣いているのを目に入れないようにするためかローテーブルの一点を見つめていたクロコダイルが「座り心地は悪くねェ」とぼそりと呟いた。
その苦虫を噛み潰したような横顔の脇、露出した耳が赤く染まっているのを見つけ唖然とする。
まさか、これは、今日のクロコダイルの態度はもしかして

「ツンデレ、」
「さっさと紅茶を用意してこい!」
「あ、はい!……クロコダイルさん」

閉じかけた扉の隙間からひょこりと顔を出すと額に青筋を浮かべたクロコダイルがギロリとこちらを睨みつけてきた。
しかしおれの頬が濡れているのを確認するとギョッとしたようにすぐさま視線を落とし右手で鉤爪を撫で始める。
本人は気づいていないようだが、これはクロコダイルが心を落ち着かせようとするときに出る癖だ。
クロコダイルなりに先ほどのやり取りを気にしてくれているのかもしれない。

「クッキー、作ったんだけど食べる?」

いまの様子からするとおそらく聞くまでもない質問だろうと思いつつ確認する。
十分後、深緑色のソファの上には紅茶とクッキーに舌鼓を打つクロコダイルの姿があった。