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アルバは元来開けっぴろげで親密な関わり合いを好むタイプの人間だ。
頼り頼られ甘えて甘やかす。
あの騒動があってからというもの、そんなアルバの人懐っこい気質はおれに対しても存分に発揮されるようになった。
優しくされたり心配されたりに慣れないおれが「大丈夫だ」と言って無理をしようとすると少し悲しそうに眉を下げるアルバ。
頼られたり甘えられたりしたいと思ってくれているんだと感じられるだけでもう幸せすぎておかしくなりそうなのに、おれがアルバに構ってもらいたくて口にするくだらない我儘で嬉しそうに顔を綻ばせるものだから本当に堪らない。
望んでも許されるラインを見極めようと探る手を迷いなく掴まれ、囲い込まれた両腕の中でそれが当然なのだと教え込むように繰り返し甘い言葉を吹き込まれて欲をかくべきではないと叫ぶ理性は熱湯に放り込まれた氷のように溶け落ちた。
まるで麻薬のようだ。
無駄だとわかっているのに諦めきれず欲しくて欲しくてしかたなかったものが傍らに存在するという多幸感が自制心を麻痺させ、飢えて渇ききっていた心がより多くより深くとアルバを求めるのを止められない。
望めば望むだけ手に入るなんて、そんな都合のいい話あるわけがないのに。
そんな簡単なことを、おれはすっかり忘れてしまっていたのだ。

「もしかして夜眠れてないんじゃないですか」

親指で濃くなった隈をなぞりながらそう尋ねられたとき、おれはとっさに強がりを言いながら内心でこれはチャンスだと考えていた。
ここのところずっと不眠気味なのは確かだ。
幸せすぎて恐ろしいとはよく言ったもので、アルバと過ごす時間が増えれば増えるほど一人で夜を向かえることに耐えがたい恐怖を感じるようになった。
おそらくアルバに船を降りると告げられた時の状況がトラウマになっているのだろう。
眠ろうとするとあのときのことがフラッシュバックし、幸せな現実は何もかもアルバに拒絶され頭のイカレた自分が作り上げた妄想なんじゃないかという疑心にとり憑かれて眠れなくなるのだ。
アルバから右腕を預かっていたときはまだマシだったのだが、右腕を手元に置いておく言い訳が尽き渋々ながらアルバに返してから不眠は悪化する一方。
酒や薬で無理に眠ると決まって酷い夢を見るため起きてすぐ寝汗も拭わないままアルバの部屋を確認しに走ったことも一度や二度ではなかった。
例えば。
例えば、昼だけでなく夜も、一緒に酒を飲んだりその日あった些細な出来事を話し合ったりして、同じベッドに入りキスして抱きしめて絡み合って全身でアルバを感じながら眠りに落ちることができたなら、きっと夢の中でも幸せでいられるだろう。
しかしそれはありえないことだ。
アルバはあの一件以来頻繁に触れてくるし、ときには抱きしめられたり頬や額にキスされたりもする。
だがアルバにとってそれらはあくまで信頼や親愛の証であり特別な好意を示すものではない。
ならば不眠の対処法として一番現実的なのはもう一度アルバから右腕を借り受けること。
アルバはこの一カ月おれが口にした望みはすべて叶えてくれた。
だから今回も右腕を貸してくれと頼めば断られることはないはずである。
しかし、どうせならおれに言われたからではなくアルバに己の意思でおれへの好意を示してほしい。
ひと月前の自分が聞けば鼻で笑うであろう欲に突き動かされ、大丈夫なはずないでしょうと食い下がるアルバを突き放した。

「少しは自分で考えろ」

今になって、そう言った瞬間のアルバの表情が頭から離れない。
理由をすぐに思いつかなくて戸惑っているだけだと思った。
おれのために困っているんだということに喜びすら感じた。
しかし本当にそうだったのか?
本当に困っているだけだった?
だって、なら、なぜ、どうして。

アルバはおれに触れようとしないんだ。

朝の挨拶のとき、椅子に座って本を読んでいるとき、昼寝のとき、廊下ですれ違ったとき。
目の前にいながら体温を感じさせない距離ですり抜けていくアルバの後姿が脳裏に甦り、吐き気とともに意味を成さない呻き声がせりあがってきた。
アルバがいかに馴れ合いを好む男だとしても限界はある。
寄りかかりすぎたのだ。
鬱陶しいと、調子に乗るなと、そう思われたに違いない。
アルバに見放されてしまった。
どうすればいい、どうすればアルバに戻ってきてもらえる。
重いと思われたなら接触を控えるべきだ。
謝罪も、アルバにとって負担になるかもしれないからやめておいたほうがいい。
傷ついていることはアルバに絶対悟られないようにして、前みたいに必要なことだけ話して、我儘を言わないようにして、それで。

――それで?

一旦不快に感じた人間と距離をとった後もう一度親しくしようなど誰が思うものか。
食事の時に見た、シャチに抱き付いて「大好き」だと叫んだアルバを思い出す。
あの言葉が、温もりがおれに与えられることは、もう、二度と。
手で口を覆い、胸を押さえて身体を縮こまらせても全身の震えが止まらない。
夜の闇はすぐそこに迫っていた。