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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

いくら鍛えたところで腹というのはもともと生物学的にやわい部分だ。
意識さえあれば鉄塊なりなんなり対処法もあるが睡眠中という最もリラックスした状態でそこに攻撃をくらえばひとたまりもない。
かく言う俺もつい三秒ほど前口から内臓飛び出しそうになった。

「大将……黄猿ッ……どいて、黄猿殿、おも……重いつってんだろうがさっさとどけボルサリーノォォオ!!」

本部の仮眠室ですやすやと眠っていた俺の腹になんの遠慮もなく全力で腰を降ろしてきたうえ、起きた後も嫌がらせのように腹の上で飛び跳ねていた馬鹿の正体は大将黄猿。
並みの海兵ならあまりのことに気を失ってもう一度夢の世界へ誘われるであろう大人物だが残念なことに想定内だ。
というかむしろ中将の俺に対してこんなことをやらかす存在などボルサリーノ以外に考えつかない。

「おー……やっとお目覚めかァい?」
「あ?やっと……やっとだと!?」

ボルサリーノの言葉にサッと血の気が引いた。
すわ寝過ごしたかと慌ててサイドテーブルに置いた時計を手に取り「まだ十分しかたってねェじゃねェか!!」叩きつけた。

「お前、ボルサリーノおまえ、俺が疲れてるのはわかってんだろうが……」

遠征遠征遠征遠征、くたくたになって本部に戻れば休む間もなくまた遠征。
仮眠室とはいえまともなベッドで眠る機会など半年ぶりなのだ。
バスターコールでもないかぎりあと一時間は眠ると決めているんだぞ俺は。
ボルサリーノがいかに大将といえど意味もなく部下の休息を邪魔する権限はない。
これは一言キツく言ってやらねば。
そう考えて開きかけた唇に軽いキスが降ってきて目を見開く。

「わっしは半年間も顔を合わせていない恋人に会いにきただけなんだけどねェ〜」

にこにこと笑いながら恋人、つまり俺のつれない態度を嘆くボルサリーノに一瞬で「あ、これはだめだ」と悟った。
先ほどまでの怒りが萎えしぼみ、同時に湧き出てくるのは罪悪感。
ボルサリーノの態度が嫌味や冗談の類であったなら覇気を纏った一撃をお見舞いするところだが、違うのだ。
これは、本気で寂しがって、しかも俺が再会を喜ばないことに対して若干不安を感じていやがる。
普段何を考えているかわからないと警戒されがちなボルサリーノは唯一つ、俺への愛情についてだけは何の嘘もつかず、誤魔化しもしない。
昔はよくその明け透けな態度の裏を勘ぐっていた。
しかし、喧嘩のあと意地を張って顔を合わせないでいると「悲しいねェ〜」といつもの調子で言った後何時間も部屋から出てこなくなるし、告白を本気にしないで切り捨てようとしたときなんかは文章にすらなってない単語で俺を罵って泣くし受け入れたら受け入れたで何も言わないまま泣くし。
まあなんだ、さすがに懲りた。
涙ばかりの思い出は若さゆえで、年をくってからのボルサリーノが常に笑顔なのは俺が甘やかしすぎたせいだ。
自分より強くて階級の高い同年の男といえど恋人の寂しがる姿にはやはり、どうにも弱い。

「お前が執務中だったからこちらから会いに行くのは遠慮したんだ」
「ならわっしが訪ねてきたら一番に歓迎するべきでしょうがァ……それを大将だの黄猿殿だのってェ」
「はいはい悪かったよ拗ねるな拗ねるな」

俺はまだしもボルサリーノはがっつり勤務時間なので部下としての対応をとったのだが、それがお気に召さなかったらしい。
そういえば船から電伝虫で定期報告をしていたときもどこか不機嫌だったな。
いくらなんでも仕事の話をしているときに敬語ははずせんぞ。
ふぅ、と一つため息を吐き相変わらず腹の上から降りようとしないボルサリーノからサングラスを奪いとる。
襟を掴んで引き倒し、そのまま腕の中に抱え込んで目を瞑ると耳元で慌てたような声が聞こえた。

「まだ寝るつもりなのかァい?」
「当然だ。寝ると決めたからには寝る。お前と一緒に、なら文句はないだろう」

言いながら海軍大将を一時間も拘束していいのかと疑問が浮かんだが、俺に会いに来たというのならばもとより数分で帰るつもりなどなかったはずだし大丈夫だ。
きっと、たぶん、おそらく……あまり考えると秘書官が不憫になってくるのでこれ以上はやめにしよう。

「ちょ、っと、わっしら二人で寝るには狭いんじゃないかねェ」
「将校用とはいえ備品のベッドなんだから当たり前だろう。俺の上で大人しくしておけ」

柔らかさの欠片もない掛け布団だが慣れ親しんだ温もりはいいものだ。
若い頃のような激しい情動がない分ぬるま湯のような心地よさが身にしみる。
薄く香るトワレとインクの匂いを胸に吸い込みながらボルサリーノの頭を撫でていると急に瞼の向こう側がまぶしくなってきた。

「……なに光ってるんだボルサリーノ」
「……これは、別に……言わんでも察しなさいよォ」

久しぶりだったから少し、別に、寝るのを邪魔したわけじゃ。
珍しく歯切れの悪い言葉と光の向こうに見える赤い顔。
所在なさげにもぞもぞと身じろぐボルサリーノは端的に言って、照れているのだろう。
……まいった、本当にまいった。
その態度こそ睡眠を妨げる一番の要因だとわかっているのだろうか。

「ああ、くそ……お前の秘書官にはあとで謝る」

これは、さすがに一時間ではきくまい。
心地よかったはずのぬるま湯が一気に温度をあげた。