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いつも「センパイセンパイ」と馬鹿の一つ覚えのように繰り返しながらボルサリーノのまわりを躾のなっていない犬みたくうろちょろしている面倒で鬱陶しい後輩に先日昇進の話があったらしい。
噂で聞いたところによれば遠征馬鹿で有名な上官に気に入られたとかで、かの上官の下につけば海で過ごす時間が魚人か人魚かというほど多くなる代わりに力と力に見合った地位を得られるのは間違いないのだとかなんとか。
ボルサリーノもまた強力な能力を持つがゆえに将来を約束され海賊討伐のため遠征を多くこなしている身である以上、アルバが本部を離れることが増えれば顔をあわせる機会は相当少なくなるだろう。
それはつまり「センパイセンパイ」としつこく呼び続けるあの喧しい声、アルバという己に馴染みすぎた存在がボルサリーノの日常から消えてなくなるということに他ならなかった。

ーー結構なこって。

ふん、と苛立ちまぎれに鼻を鳴らしてつま先で土を蹴る。
アルバがどこへ行こうが誰に気に入られようがボルサリーノにとって何の関係もなければ気にとめる価値もありはしない。
逆もまた然り。
人生の岐路ともいえる昇進について一言も相談してこなかったということは、アルバにとってボルサリーノは所詮その程度の存在だったと、そういうことだ。
ボルサリーノが何を考えようとどう思おうとアルバはじきにボルサリーノの傍から姿を消す。
不快な胸のもやつきの理由など今更考えたくもない。

のに。


「おっ、センパイ発見!おつかれーッス」


「…………毎度毎度、ほんっと妙なタイミングで現れるねェ〜」

さっさと帰ってシャワーでも浴びようと足に力をこめた瞬間遠くから急速に近づいてきた声に舌打ちと共にため息をつく。
常にじわじわと苛立ちを煽るハイテンションが今日は殊更神経に障る気がして、ボルサリーノは再度、今度はしっかりとアルバの耳に伝わるように舌打ちを放った。

「うっわセンパイなんか今日すげェ機嫌悪くないです?もしかして腹減って死にそうとか?あっ、じゃあ一緒にメシ行きましょうよメシ!この間ウマい店見つけたんで!」
「……腹は減ってねェし減ってたとしても今は行かねェよォ〜」

ああ、馬鹿だ。
こいつはまぎれもない大馬鹿だ。
舌打ちを聞いてボルサリーノの機嫌が悪いと理解したくせに、どうしてここで引き退がるという選択肢を選ぶことができないのか。
内心で罵倒を繰り返しながら「どうせ昇進祝いに奢れとか言うんだろォ」と自分で思ったよりギスギスした声で吐きだすと締まりのない半笑いのままきょとりと目を瞬かせたアルバが「昇進?おれもうしばらくは下っ端人生エンジョイするつもりですけど?」と馬鹿丸出しの答えを返してきた。
いや、待て、違う。
馬鹿なのはいつものことだが、何かおかしい。

「昇進して、例の“英雄”の下で隊を一つ任されるんだろォ〜?」
「あー、その話ですか。もちろん断りましたよ?」
「……は!?」
「なんでだって聞かれたんで素直に自由にできる時間が減ったら好きな人に会えなくなるからーって言ったらそれ聞いてたうちの隊長にぶん殴られました」
「はァ!?」
「ほら見てくださいよデケェたんこぶ」

唖然とするボルサリーノに向け、アルバが無駄に形のいい頭を見せつけるように指差してみせる。

「昇進はしてねェし別に奢ってくれなくてもいーんで、センパイが上に行ったら適当に引き上げて傍に置いてくださいね!」

そう言ってケタケタ笑うアルバを、ボルサリーノは数拍の後この馬鹿には最早かける言葉もないと唇を引き結んで思い切り蹴り上げた。
耳も頬も、なんなら顔中が熱くてたまらない。
不快な胸のもやつきがいつの間にか消えていたのは、きっと何かの間違いだ。