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白菜、人参、葱、豆腐、そしてぶつ切りの白身魚。
土鍋の中では色んな食材がくつくつと美味そうに煮立っていて、湯気の向こうには家主であるアルバが笑みを湛えながら座っている。
それは島の外に広がる地獄のような世界が嘘だとでも言うような、幸せで満ち足りた光景だった。
アルバが作ってくれた目の前の鍋は勿論として今ならきっと何を食べても最高に美味く感じることだろう。
アルバが去ったあとのマリンフォードでは何を食べても味などわかりはしなかったのに、こうして向かい合って卓に着いただけで自然と口内に溢れてきた唾液には我ながらなんと単純なことかと呆れる他ない。
だが、しかしそれでも、アルバと連絡が取れなくなった日からの砂を噛むような食事は本当に、耐えがたいほど不味かったのだ。

「どうしたサカズキ、何か嫌いなものでもあったか?」
「…………子ども扱いせんでください」

ほんの僅か沈んだ表情を的確に見抜いてくるくせその原因が自分にあるとは思ってもみないらしく、見当違いな心配をしてくるアルバに今度はハッキリと顔を歪めて不満を表明する。
こわいこわいと箸を持ったまま両手をあげるアルバだが当然怖がっている気配は微塵もない。
昔からそうだ。
アルバはサカズキを恐れない。
海軍を抜ける前には常に感じていた焦りや緊張すら今ではすっかり消えてしまっていて、腑抜けたものだと考えながらサカズキはともすれば緩みそうになる頬を引き締めた。
ここにはアルバとサカズキの二人だけなのだからそれでいい。
否、むしろ、そうでなければ。

「本当なら肉でもがっつり食わせてやるほうがいいんだろうが、おれの我儘で鍋に決めちまって悪いな」
「いえ、わしゃァ別に、」

アルバさんの作ってくれるものならなんでも。
自然とそう言いかけて、その内容の小恥ずかしさにぐっと口を閉ざす。
いつもの癖で頭のほうへ手を伸ばすが、指先は馴染んだ感触を得られず額の前であっさりと空を切り、一拍の後そういえば今はアルバに言われて海軍帽を脱いでいるのだったと思い出したサカズキは失態を誤魔すように小さく俯いた。
どうやらアルバはサカズキにとって恥でしかない軟弱な言動を好んで愛でるらしい、ということは察しているし、それに乗じて甘えたい気持ちもないではない。
実際勢いでそれを実行したことも多々あるが、しかし長年胸の内に秘めてきた想いを堂々と曝け出すのはやはりどうしても抵抗があるのだ。
何とも言えないもどかしさに眉を寄せたサカズキを、アルバはまるで小さな子供を愛でるような目で暫く見つめたあと唇を持ち上げてフッと笑った。

「まあ、味は悪くないはずだ。おかわりもあるから沢山食えよ。お前に腹いっぱい食わせるためだけにわざわざこんなでかい鍋選んだんだから」
「……一人暮らしにゃァ、ちいと使い勝手が悪そうですが」
「ああ、それは別にいいんだ。お前が来た時にしか使わんからな。食事ならなんでもそうだが、鍋は特に一人で食べても虚しいだけだろう?」

先回りしてサカズキのことを甘やかすつもりでいるのか、アルバと食卓を囲むのは今やサカズキ一人だけなのだという旨の台詞をさらりと吐いて大きな土鍋からひょいひょい具を取り分け始めたアルバからゆっくり視線を逸らし、意思に反して温度を上げていく拳をぎゅうと握りしめる。
早く食えなんて急かされても、既に鍋よりずっと熱くなってしまっている手では箸など持てるはずもないというのに。