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グラスを傾けると透き通った琥珀色が閉じられたままの唇で一旦止まる。
弾ける炭酸に急かされるようにゆっくり口を開くとソーダの気泡ともにアプリコット独特の柔らかい香りが鼻を抜けた。
度数の高い、喉を灼くような辛い酒を好むサカズキからすれば到底酒とは認められない子供騙しのカクテルだ。
後に引く甘さは何度飲んでも舌に馴染まず、好ましいとも思えない。
そもそも飲むのは殆どが座敷か自宅だったはずなのに、なぜ似つかわしくないバーに足を運んでまで飲みたくもない酒を煽っているのか。
その理由を考えようとすると、いつも視界がぐらりと揺れて思考がまとまらなくなる。
脳内にかかる霞を払うように残ったカクテルを一気に飲み干し、氷だけが残ったグラスをコースターに置いた。

「駄目ですよーサカズキ大将、酒はもっと味わって飲まないとォ」
「こんな弱いもんを酒とは言わん」
「はは、大将ザルですもんねェ。おれは酒好きだけどすーぐ酔っちゃうんで、羨ましいかぎりです」

隣の席でへらへら笑いながらピンク色のとろりとした液体を舐める部下に目を眇める。
年が一回り近く離れ性格にも酒の好みにも共通点など一つもないこの部下と酒の席を同じくするのは珍しいことではない。
何がきっかけかはもう忘れてしまったが、サカズキにこのバーの存在を教え甘ったるいカクテルを薦めてきたのは他でもないこのアルバだ。
酒を飲めば馴れ馴れしく距離をつめてくるくせに仕事中は何があっても上司と部下という一線を崩さないアルバ。
そんなアルバにざわつく胸と、好きでもない酒を飲むためにバーを目指す足。
理解できない。
軽い酒一杯程度で酔うわけがないのに頭が痺れたように働かない。

「アプリコットフィズを」

グラスをずらしたのを確認しオーダーをとりに来たバーテンダーに一杯目と同じカクテルを注文すると、それを見ていたアルバが「大将ってそればっかり飲んでますよね」と呟いた。
言われてみれば確かに、ここ最近アプリコットフィズ以外を飲んだ憶えがない。
他の、自分好みの酒を最後に飲んだのは何時だっただろう。

「アプリコットフィズのカクテル言葉は"振り向いて"って言うんですよ」
「……知っとる」
「え、マジですか?意外」
「初めて飲んだ時に酔いどれが長々と講釈たれちょったからのう」
「あー、いますよねェそういう迷惑な酔い方する奴」

笑うアルバに顔を顰め「お前のことじゃァ、バカタレが」と言ってバーテンが寄越してきた二杯目のアプリコットフィズに口をつける。
そうだ、アプリコットフィズを飲んだのは酔ったアルバが押し付けてきたのが最初だった。
「カクテル言葉ってのがありましてね、アプリコットフィズは"振り向いて"って言うんです」
おいしいから飲んでみてくださいと赤ら顔に満面の笑みを浮かべるアルバに、あのときの自分は何を感じたのだったか。

「サカズキ大将、アプリコットフィズ好きなんですか?」
「……こんな飲んだ気にならん酒、好きゃァせん」
「ならたまには他のも飲みません?ポートワインとかおすすめですよ」

相変わらずへらへらしているアルバに、好きにせェ、と投げやりに返す。
ポートワインにもなにか特別な意味があると以前聞いた気がする。
意味は忘れたがアプリコットフィズよりはよかったはずだ。
そしてそれはきっと、大げさに喜ぶアルバにとってもいいことであるに違いない。
早く早くと煽られながら、サカズキは最後のアプリコットフィズを嚥下した。