確かにサカズキが初めてこの島を訪れたとき、渋る背中に「またいつでも来るといい」と言って別れはした。 しかし現在の中将という地位やこれから大将にまで上り詰める事実からすればその多忙さは考えて余りあるものであり、故に次の再会は数年か、下手をすれば数十年後になるだろうと思っていたのだがそんなおれの考えを易々と裏切ってサカズキは今またここにいる。 五連休だそうだ。 ちなみにこの世界にゴールデンウィークなんて素晴らしい制度は存在しないしおれが少将をやっていたときには呼び出しの電伝虫に邪魔をされて丸二日続けて休みを楽しめることだって稀だった。 少将よりも中将の方が仕事内容が軽いなんてことはあり得ないだろうに、一体どんな無茶を通したらそんな纏まった休みをとれるのか。 全くもって謎である。 「あー……中将の仕事にはもう慣れたか?お前は遠征に出ることが多かったし、毎日色々と大変だろう」 「……別に、雑事が増えただけで大したこたァありゃァしません」 この島に閉じこもることを選択した時点で世間との関わりは断っているとはいえ、まさか自分のせいでサカズキがさぼり魔になってしまったのかと心配になって話を振ってみるとまるでそこが長年の居場所であるかのように座布団にどっしり胡坐をかいたサカズキは少しの間を置いて感情の見えない声でそう言った。 おや、と片眉をあげたおれからサカズキがスッと目を逸らす。 少し遠まわしだったとはいえおれの聞きたいことが言葉通りでなかったことはわかっていたはずだ。 それなのに気づかないふりをして話を終わらせようとするなんて、疚しいことがあると言っているようなものではないか。 腹の黒い政府の連中との駆け引きですらなんなく熟すサカズキが見せた酷くわかりやすいボロに、しかし何を言うでもなくただじっと見つめ続けていると視線の合わないその顔が段々と青褪めていくのがわかった。 怒られると思っているのだとしたら怒られるようなことをしたということだ。 一体何をしでかしたのかと眉を寄せそうになるのを耐え「サカズキ」と促すように名前を呼ぶ。 それでも話そうとしないサカズキに再度強く声を掛けると親に叱られた子供のようにがっしりとした肩がびくりと揺れた。 「……め、いわく、でしたか」 俯いたままゆっくり唇を解いたサカズキの弱々しい声に思わず「なんだって?」と問い返すと、否定されなかったのを是と受け取ったらしいサカズキが途方にくれたように「布団を、」と呟いた。 「前に布団を……用意してもらっとるっちゅう話を聞いて、じゃけェ、わしは、……泊まりが迷惑ならすぐ帰りますけェ」 「えっ、いや、おい、待て、待て待て待て!」 哀しげに目を伏せ、気まずい様子でそう口にしたサカズキが座布団から立ち上がろうとするのを掻き抱くようにして押し留める。 大人しく腕の中に収まったサカズキの頭を犬にするようにわしわしと撫で回し「迷惑なら毎日お前のぶんまで布団を干したりするわけがないだろう」と言い含めると強張っていた身体からそろそろと力が抜けた。 どうやって休みを取ったのか聞きたかっただけだという説明にぼすんと力なく背中を殴られ、胸が痛いような、むず痒いような。 「誤解させて悪かったな、サカズキ。お前が来るのを楽しみにしてたんだ。頼むから帰るなんて言わないでくれ」 「〜〜ッなんであんたは、前のときもそうじゃったが、毎度間の悪いときに黙り込みよって……!」 「ああ、ははっ……今回は意地悪をするつもりはなかったんだがなァ」 耳元で唸るサカズキに「まあ、相変わらず可愛い反応で何よりだ」と笑いかけるとまた背中に拳を落とされた。 怒っているのか照れ隠しなのか、先程と違って結構な力の籠った一撃は少々痛い。 「……休みは、何日か纏まったもんを取ろうと思って暫く仕事を詰めちょったら先に上から押し付けられただけですけェ、心配されるようなこたァ何もしとりません」 「上から休みを強制されるような仕事の詰め方をしているのにか?」 充分心配されるようなことをしているだろうと指摘するとサカズキにも無茶をした自覚はあるのかぐぅっと喉を鳴らして押し黙る。 サカズキには悪いのだが、こうしておれのせいで弱ったサカズキは本当に可愛くて魅力的で、もっと甘やかしたくて苛めたくて参ってしまう。 「…………、ぁ」 「あ?」 柔らかみのない両頬に手を添えてじっと目を覗き込むと水に朱を垂らしたように肌を色付かせたサカズキがうろうろと視線を彷徨わせて小さな声を漏らした。 そして最初の一文字からしばらく沈黙が続いた後、震える声で「会いたかった、ので、」というとんでもなく可愛いことを口にしたサカズキは、どうやら順調に甘え上手の道を進んでいるらしい。 |