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「ベン……いや、副船長。あんた『ベックマン』が名前って本当なのか?」
「、は?」

少し話したいことがあると部屋の扉を叩いたアルバが浮かべていた表情の険しさから、ついにその時が来たのかと静かに顔を伏せていたベックマンは言い淀むように寄越された予想外の言葉に思わず目を見開いた。
酔って欲求不満だと愚痴をこぼしていたアルバを「それならおれと一晩試してみるか」という情緒も糞もない台詞で床に誘い込んだのが二月前のこと。
年下の男に懸想してそんな機会はないだろうと諦めながらも未練たらしくひっそりと慣らしてきた身体を使った一か八かの誘惑に半ば理性の飛んでいた酔っ払いは驚くほど簡単にひっかかってくれたが、幸か不幸かベックマンの誤算はそれだけにとどまらなかった。
翌朝、すっかり酒の抜けたらしいアルバがバツの悪そうな顔で頭を下げて「あんたさえよければ責任をとらせてくれ」と告げてきたのである。
孕む可能性もない男との一夜に責任を持つ必要などありはしないし、そもそも酔いに付け込んでアルバを誘ったのはベックマンなのだから頭を下げるとすればこちらの方だというのに本当に馬鹿な男だ。
そう内心で苦笑して、その律義さを利用することを心苦しく思いながら、それでもベックマンは目の前に差し出された恋人という立場を捨て置くことができなかった。
こんな中身のない場当たりな関係放っておいてもすぐに破綻するだろう。
ならば少しの間だけでも夢を見ていたいと、愚かにもそう思ってしまったのだ。
そんなふうに恋人になって二カ月が経ったが、結局アルバとは二度目どころか未だにキスすらできていない。
副船長ではなく名前で呼んでくれと打診してみても他人行儀なファミリーネーム呼びで躱される。
だから「話したいことがある」と聞いたときすぐさま別れ話を連想したのはおかしなことではなかったはずだ。
そのはずなのに、これは、この質問は一体どういうことなのか。

「……今日、お頭になんで名前で呼んでやらねェんだって聞かれて、ちゃんと呼んでるって言ったら、その……『ベン』はファミリーネームだと」

急に頭が鈍くなりでもしたのか話の展開についていけず愛想のない一音を返したきり黙り込んでしまったベックマンに、アルバが歯切れ悪く質問の意図を補足していく。
確かに『ベン』というのはファーストネームにありがちなもので『ベックマン』は少しばかり珍しい名前だ。
しかしフルネームの並び方からどちらがどちらなのかは簡単にわかるはずで、それなのにどうしてアルバがそんな妙な思い違いをしてしまったのかベックマンには皆目見当がつかない。
まさかとは思うがこいつ、白ひげの名前も勘違いしてるんじゃないだろうな。
似通った名前の構成をしている人物を思い浮かべてベックマンが眉を寄せていると、沈黙を是と取り肩を落としたアルバが「おれだけが特別だったわけじゃなかったのか」と小さく呟いた。

「ずっと、他の奴らはあんたのことファミリーネームで呼んでるもんだと思いこんでたから、あんたから恋人なら名前で呼ばねェかって言われておれだけが『ベン』って名前を許されたんだと思って、浮かれてた」

とんだぬか喜びだと苦笑するアルバに、不意打ちをうけた心臓がビクリと跳ねあがる。
そうだ。
あまりの頓珍漢な質問のせいで忘れかけていたが、勘違いしていたということはつまり、アルバはこれまでベックマンを名前で呼んでくれているつもりだったということだ。
それも先程の言い方はまるで、アルバがベックマンの特別扱いを望んでいたようではないか。
いや、違う、そんな都合のいい話などあるはずがない。
そう否定し、戸惑いながらもなお捨てきれない期待が顔に出ていたのか、おもむろに手を伸ばしてきたアルバがベックマンの頬をそっと撫でた。
少しざらついていて冷たい手のひら。
あの夜以来初めてのそれらしい接触に、じわりと熱があがる。

「そんな誘うような顔しないでくれよ……あんたにとっちゃ遊びなんだろうけど、おれは本気だから」

大切にさせて、なんて。
ああ、まったく、とんでもない殺し文句だ!