賞金稼ぎなんて博打のような仕事、一生を通して続けるものではない。 そういうわけで適度に高額な賞金首を何人か狩ってある程度金が貯まった時点で早々に賞金稼ぎを引退し料理の味が好みだったアラバスタにひっこんだわけだがどこから噂を聞きつけてきたのか「戦い方を教えてください」と土下座付きで頼み込んできた十そこらの少年の子供らしからぬ真剣な瞳に、おれの心は大きく揺れ動いた。 「鍛えてやりたい」とか「強くならせてやりたい」なんて師匠心が湧いたわけではなく、ああこいつの無駄に大人っぽいところ一回思いっきりぶっ壊して依存させて子供らしくべたべたに甘やかしてやりたいな、という真っ直ぐに前を見据える少年にとっては非常に望ましくないであろう方向に。 *** 理由はどうあれおれの弟子になったペルは、やはり第一印象の通りの甘えを知らず、自分に厳しい子供らしくない子供だった。 唯一強くなって王宮で働くのだと夢を語るときには瞳がキラキラして多少年齢相応になるが、我儘も言わなければ厳しい特訓にも弱音を吐かず、教えれば教えただけ吸収し、もしできなければ何時間でも練習を繰り返して力をつけていく。 おれが手を出さずにこのままの調子でいけば、将来はさぞ隙のない傑物に育つことだろう。 しかし残念、おれはペルをそんなふうにマトモに育てるつもりは更々ない。 大人顔負けのペルの精神力を崩すためにおれが仕掛けた罠は、はっきりいって何も特別なことではなかった。 訓練の効率化を理由にペルを家に住まわせ、朝起きて夜眠るまで常に視界に映りこみ、褒め叱り甘やかし優しく笑って抱きしめる。 買い物に同行させるときには必ず手をつなぎ、できる限り短時間で済ませて他人との会話の機会を不自然にならない程度に奪う。 聡いとはいえ所詮は子供。 世界を狭めて親に対するような盲信を植え付ける作業は意外と簡単なもので、初対面のときあれほどしっかりと自分の足で立っていたペルも数ヶ月が経った頃には家の中ですらおれの姿が見えないとそわそわと落ち着かず、常に後ろをちょろちょろする様子をみせるようになった。 そして今日、おれはついに「もう市場にも慣れてきたみたいだし迷子になることもだろう」と言ってペルと手を繋がずに食料品を買いに町へ出ることにした。 歩幅の違う足で後ろを追いかけ不安そうにおれの手を見つめるのが可愛らしい。 しかし自分から「手をつなぎたい」と言ってこないあたりまだまだだ。 唇が歪むのを隠しつつ足早に路地を曲がると、おれを見失ったらしいペルが後ろから「アルバさん!?」と声をあげた。 見つからないよう隠れながら素早く裏道を抜け、ぐるりと回りこんで背後に戻ってきたおれに呆然としているペルが気づく様子はない。 「…………アルバ、さん…?」 ぽつりと呟きぎこちない動きで路地を覗きこんだペルだったが当然そこにおれの姿はなく、ひゅっと息を飲む音が雑踏に響く。 顔色は伺えないが強張った身体から察するに蒼白といったところか。 まったくもって可哀想なことだ。 「え、…あっ、なに、なん、アルバさん?うそ、嘘でしょう?アルバさん、どこ、アルバさ、アルバさんっ!」 ぴぃぴぃと名前を連呼しながらも探しに行こうとしないのは迷子になったら動かないという鉄則を守っているというよりただ単に足が竦んで動かないだけだろう。 子供らしくて実に好ましい。 周りの大人に頼るという発想もないのか、何度も店を利用して顔を憶えているはずの肉屋の親父に「迷子になったのか」と手を伸ばされ、まるで人攫いにでもあったかのようにおれの名前を呼んで泣き叫んでいる。 いやだ、アルバさん、アルバさんたすけて、なんて、肉屋の親父は完全に悪者扱いだ。 今日はいい肉を沢山買って帰るので許してやってほしい。 そんなふうにニヤニヤしながらペルの様子を見守っていると、なぜか果物屋の女性店員から変態を見るかのような嫌な目を向けられた。 おれのことをサドの小児性愛者だとでもいいたげな視線に不快を隠すことなく顔を顰める。 おれはただペルのことを甘やかしたいだけの善良な子供好きだというのに、失礼な。 |