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縦社会の海軍とはいえ上官を諌めるのを躊躇うべきではない。
新しく大将の座に据えられたイッショウという男に関しては特に、だ。
この数カ月で嫌というほど理解した教訓を胸に、ふらりと姿を消しては盲目ゆえの厄介ごとに巻き込まれ、慌てて回収した後くどくどと叱ってみても一向に悪癖を直す気配のない上官へ「失礼」と一声かけて足払いを仕掛ける。
まさか部下に突然攻撃されるとは思っていなかったのだろう。
払った足とは逆に向けて思いきり腕を引くと、うおッ、と驚きの声を上げたイッショウの体勢は簡単に崩れた。
地面に倒れこんだところですぐさま海楼石の錠を腕に嵌め、痛みに呻くイッショウの鼻にかじりつく。
布一枚を隔ててわざとらしく腿を這う手にガチリと身体を硬直させる様はまるで色ごとに疎い生娘のようだ。

「やはり、あなたには隙が多すぎる」

強力な能力も不意を突いて海楼石を使われれば弱点にしかなりえないし、拘束されてなお常人の何倍もの強靭さを誇るであろう肉体も、この初心さでは『そういう』意図を持って襲われたときにはパニックになってしまってまともに動かせないだろう。
よくもまあ今まで無事に生きてきたものだと考えながら「聞いていますか」と声をかけるとイッショウの身体が電流でも流したように大きく跳ねあがった。
へ、あ、と要領を得ない声を漏らしながら見る間に顔を赤く染めていくイッショウに意図せず舌打ちが漏れる。
こんな男が一人ふらふらと猥雑な路地裏を歩いていたのだと思うと無性に胸の悪くなる思いがした。

「……大将に問題を起こされると海軍の外聞が悪くなります。行きたいところがあればおれが付き添いますので、出歩く際にはひと声おかけください」

私情はさておき、今回の件で起こり得る不測の事態については理解してもらえたはずだ。
わかったなら勝手な行動は慎んでもらおうと話しかけるとイッショウがいつものより幾段か細い、頼りない声で「へェ」と頷いた。
返事はいいのだが、どうにも上の空に見えるのは気のせいか。

「……本当にわかっていただけましたか?」
「わ、わかりやしたから……そんなに、見るのはよしてくだせェ」

なるほど、錠の鎖をジャラリと鳴らしながら腕を動かして赤くなった顔を隠そうとするイッショウはおれの視線から逃れることに必死で話を聞くだけの余裕がないらしい。
顔を覆う腕を無理やり外して心許なさげに伏せられた瞳がうろうろと泳ぐ様をじっと観察しつつ「おっしゃられるほど見てはいませんが」とシラを切ると「視線がわからねェほど耄碌しちゃァいやせんよ…!」と唸り声が返ってきた。
それでも無視して至近距離で見つめ続けているとイッショウの光を映さない瞳にじわりと涙が浮かぶ。
顔もいい加減赤くなり過ぎで、そのうち血管が切れそうだ。
説教よりこちらのほうが効果がありそうだし、おれも楽しい。
今度から何か問題が起きたら遠慮せずこの手を使うことにしよう。